小説

『神待ち少女は演劇の夢を見るか』甚平(『笠地蔵』)

 翌日には熱が引いていた。
 なんとか仕事納めができそうであった。体調を気にかけて、忘年会は一次会であがることにした。この夜も雪の予報であった。貞夫は傘を持ってきていた。
「あ~、おっそ~い」
 駅の構内で、少女が馴れ馴れしく声をかけてきた。
「ちょう寒いのにさぁ、もう来ないかと思ったよ」
 愛実である。以前と同じコートとブーツだった。
「家なら泊めないぞ」
「いやいや、今日は良いお知らせ。あたし考えたけど、やっぱりやりたいこととかなくてさ」
「それ良い知らせか?」
「でも、若さを持て余すのって、勿体ないと思ったわけ。そこで」
 駅から出る。雪が降っていた。
「おじさん、好きな演劇できなくて可哀そうだから、代わりにやってあげようかなって」
「いや、やめとけ」
「若けりゃなんでもできるって言ったじゃん」
「これは才能の世界なんだよ」
「だいじょうぶだいじょうぶ、あたし才能あるから」
 両手でピースをする愛実。
「ねえよ」
「あるね。向いてるね、わたしは」
「ないね。絶対にお前なんかなれないね」
「いーやなるね」
 貞夫は傘をさしかけた。愛実にかかる雪が、傘の上に積もっていく。
「おじさんが、教えてくれたらさ」

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