小説

『神待ち少女は演劇の夢を見るか』甚平(『笠地蔵』)


「あ~、おっそ~い」
 今夜は雪が降る、とニュースで見た。
 電車の乗客はまばらであった。忘年会帰りが多いのか、車内はアルコールのにおいをさせたサラリーマンが目に付く。吊革がゆっくりと揺れ、車内アナウンスが流れた。
深沢(ふかざわ)貞夫(さだお)は、そのアナウンスで目を開けた。口元に手を当てる。涎は垂れていない。窓へ目を向けた。西東京市の夜景をバックに、車内の光が反射して自分の顔が映っている。短い眠りは逆に疲れを誘うのか、目の下の隈がひどかった。
(ええと、今夜中に見積もりを作って……業者さんにメール……いや、あそこはFAX)
 田無の空は、小雨のような雪だった。
 クリスマスの機運も去り、正月へ向けての期間である。仕事納めのためにいよいよ忙しい時期でもあった。貞夫は徹夜が続いており、時折、判断が危ういことがある。赤信号を止まれだと認識できず、気づいたら渡っていた、ということがあった。
「ちょう寒いのにさぁ、もう来ないかと思ったよ」
 自分の判断が正しい、という自信が失われることがある。
「いや、ああ、それは……すみません」
「いいからさぁ、はやく行こうよ」
「いや、どこへ……? 私は帰るところですけど」
「だから、うちに行くんでしょ?」
 駅の構内で、少女が馴れ馴れしく話しかけてきた。
 ブーツにビッグカラーコート、髪はウェーブがかった金髪。十代の肌に乗った化粧が少しケバかった。細身で、見た目のわりに姿勢のよい歩き方をするのが印象的だった。
 少女は、小野塚(おのづか)愛(つぐ)実(み)といった。
「だからさぁ、ツイッターで、リプライくれたじゃん」
「ツイッター? してませんけど」
「またまたぁ、そんな人類いないって」
「いるよ、いくらでも。なんだ、ええっと、きっと人違いだから、帰りなさい」
「あは、おもしろーい」
「なにも面白くないが」
 そんな会話をしたころには、既に家にあげてしまっていた。

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