小説

『不動産王』渡辺鷹志(『わらしべ長者』)

 その世間の空気を察知してか、「土地を売ってくれ」という者や「土地をただで譲ってくれ」という者は不動の前には現れなかった。そんなことを申し出る者が出てきたら一斉にマスコミや世間に叩かれる、そんな雰囲気だった。
 不動にとっては「土地を売る」や「寄付する」という選択肢はなかった。
「自分の土地をどこかの土地と交換する」という選択肢しかなかった。
 そうしないと、この騒動は収まりそうになかった。

 不動は決心した。不動は石油の鉱脈が発見された今の自分の土地と、国内で最も地価の高い都心の一等地にある土地を交換した。
「都心の一等地なら、さすがに価格が急上昇することなんてありえないだろう」
 不動は今度こそ騒動から逃げられると思った。というより、そう強く願っていた。

 しかし、不動の願い通りにはうまくはいかなかった。
「不動産王が新たな土地を入手した」という情報が入ると、その土地の価格が急上昇した。そして、ついにその土地の価格は国内の土地の価格の史上最高値を更新した。
 もはや、この状況は理屈で説明できるものではなかった。まさに不動産バブルだった。さらに、不動の土地の価格が上昇すると、それにつられてその周辺の土地の価格も上昇した。
 いまや、世界中で不動の名前を知らないものはいなかった。
 マスコミには連日取り上げられ、不動のまわりには毎日不動産業者らが押し寄せた。それらの中には、不動産業者というよりは、どう見ても不動に近づいてひと儲けしようとたくらんでいるだけの胡散臭い連中も多くまじっていた。
 それに加えて、不動が手に入れた土地の周辺の土地を購入しようと考えていた人からの「コツコツお金を貯めてきたのに、価格が急上昇してしまい買えなくなってしまった」といった怒りの声も多く寄せられた。

 不動はとにかくこの騒ぎから逃げたかった。しかし、どうすることもできなかった。不動にできることは、土地を交換して別の土地を手に入れることによって、とりあえず、一時的に騒ぎを収めることだった。
しかし、その方法ももはや何の意味も持たなかった。
 最初の頃は、不動が交換して手に入れた土地の価格が上昇したのは、本当に単なる偶然だった。しかし、今は「不動産王の不動が手に入れた」ということだけで土地の価格は急上昇するようになっていた。

 その後も、不動は土地の交換を続けた。もはや、何も考えていなかった。ただ、適当に誰かに薦められるままに土地を交換した。

「土地を交換し続ける」

1 2 3 4 5