小説

『不動産王』渡辺鷹志(『わらしべ長者』)

 ある日、不動産ブローカーを名乗る男がやって来た。
「不動さん、土地をお売りになるつもりですか? 土地は1回売ってしまえば終わりですよ。それよりもこの別荘地の代わりの土地を手に入れたほうがいいですよ」
 男が不動にささやく。
 そして、その不動産ブローカーは、不動の持つ別荘地と自分が持つ郊外にある小さな宅地を交換しないかと持ちかけてきた。
「ここは自然豊かないい場所ですよ。最近は郊外に家を建ててのんびりしたいという人も多くて、ここも人気の場所なんですよ」
 以前であれば、人も住んでおらずアクセスも悪い別荘地よりも、普通の宅地のほうが価値があったかもしれない。しかし、道路の建設計画が発表され土地の価格が跳ね上がった今では、どう見ても別荘地よりも不動産ブローカーが交換を持ちかけている宅地のほうが価値は低かった。
 しかし、毎日のように「土地を売ってくれ」とやって来る訪問客の相手をするのに疲れた不動は、不動産ブローカーの提案通りに土地を交換してしまった。

 ようやく土地を売ってくれという騒動から逃げることができた不動は、これからは交換して手に入れた郊外の宅地に家を建てて、自然豊かな場所で静かに暮らそうと考えた。
 しかし、不動がそう考えた矢先に、今度は不動が手に入れた土地の周辺で、これまでにない規模の超大型商業施設を建設するプロジェクトが発表された。この発表により、不動が持つ土地の価格はまたもや急上昇した。
 すると、不動のもとにはまたもや「土地を売ってほしい」という訪問客が次々とやって来た。

 また、この頃になると、不動産業者の間で不動のことがちょっとした話題になっていた。
「あの人が交換して手に入れた土地の価格は急上昇するらしい」
 その話はどんどん広まっていき、いつしか不動は「不動産の価格の上昇を予知する男」と呼ばれるようになっていた。
 もちろん、不動は「不動産の価格の上昇を予知する」どころか、ただ相手の言うままに土地を交換してきただけなのだが。

 不動のもとには不動産業者や個人の不動産ブローカーらが連日のように押しかけてきた。
 しかも、これまでは「土地を売ってほしい」いう話が多かったのに、この頃は、土地を売る話ではなく、「この土地と交換してほしい」という話がほとんどだった。
 中には、「次はどの辺の土地の価格が上昇しますか?」と質問してくる者までいた。
 連日の訪問客に不動は心身ともに疲れてしまった。

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