小説

『キッズ』ノリ・ケンゾウ(『猿ヶ島』太宰治)

 スクールに入ってから、スーパーキッズになるまではなんだかあっという間だった。僕はスクールに通うために、お父さんと離ればなれで暮らすことになった。お父さんと一緒に暮らしているときは、毎日学校が終われば野球をして遊んでた。僕は野球選手になりたくて、お父さんとキャッチボールをしたり、家の中でも素振りをしてお母さんに怒られたりしながら、一生懸命練習していたけれど、ある日突然お母さんから、「オサム、あんた合格したよ、あんた合格した」と興奮した声で言われて、僕は「キッズ」になった。お母さんはキッズになれるのはほんの一握りなんだ、しかもあんたはオーディションもなし、特別な子なんだ、と僕を褒めた。僕は自分が褒められたのが嬉しかったというのもあるけれど、何よりお母さんが見たこともないくらいに嬉しそうにはしゃいでいるのが嬉しくて笑った。それかれらお母さんは、「キッズになったらトウキョウに行かなければならないのよ」と言って、お父さんとは一緒に暮らせないのだと説明した。僕は悲しくて泣いた。バイバイじゃないんだよ、またすぐ会えるんだから、とお母さんは言うけれど、お父さんとは一カ月に一度とか、二カ月に一度くらいしか会えない。お父さんはトウキョウにくるたび、野球グローブを持ってきて、一緒にキャッチボールをしてくれた。トウキョウのお家にはグローブもボールもなかったから、僕は久々にキャッチボールができるのが嬉しくてたまらなくて、キッズなんていいから前の学校に戻って野球がやりたいとお母さんに言ったら、お母さんが怒った。あんたは野球なんかしなくていい、自分がするべきことをちゃんと考えなさい、と僕を叱った。僕は野球がしたくて駄々をこねたけど、お母さんはまったく聞いてくれなかった。その夜、寝ているときにお父さんとお母さんが言い争っているのが聞こえた。あんたが余計なものを持ってくるから、とか、今がほんとにほんとに大事な時期なのよ、とか、そんなようなことを言っていた気がする。夜遅くて眠たかったから、きちんとは覚えてないけど、僕のせいでお母さんとお父さんが喧嘩をしているのが悲しくて、もう野球をしたいなんて言わないようにしよう、と思ったことだけは覚えている。

 リュウとはスクールで出会った。リュウはすでに子供向けのテレビ番組に出たり、ドラマに子役で出演したりしていて忙しく、スクールを休むときもあったけれど、リュウはいわゆるエリートってやつで、何をしても上手で何かと先生はリュウくんを見本にしなさいっていうくらい、リュウは特別だった。お母さんも言った。あなたもリュウくんみたいになりなさいって。まるでお母さんにとっても僕よりリュウの方が特別みたいな言い方だった。それでリュウのことを真似しようとしていつも眺めていたら、リュウの方から話しかけてきた。
「ねえ君、まつげ、長いね。僕より長いかも」
「あ、それ、お母さんにもよく言われる」
 それが僕とリュウが初めての会話だった。僕はまつげがとても長くて、よくお母さんは化粧をしながら、あんたくらいまつ毛が長かったら楽だわ、と言いながらマスカラを塗っていた。ほとんど独り言みたいに言うお母さんは、少し自慢げだった。
 リュウと話すようになってから、スクールが楽しくなった。ダンスはやればやるほど上達したし、歌をうたうこともそんなに嫌じゃない。

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