小説

『思い届くまで』霜月透子(『赤ずきん』)

 なんとか当たり障りのない文面を綴って封書にあった住所に送ると、数日のうちに返信が届いた。赤城が自らの住所を記したということはユリからの反応を当てにしていたからなのかもしれない。純情そうでありながらなかなか積極的な面もあるようだ。
 このまま文通を続けるなら、ユリに郵便受けを覗かせるわけにはいかない。宛名はユリの名前になっているのだから。ユリより早く郵便受けを確認するために、私は毎日寄り道せずに帰宅するようになった。

 赤城は私の希望通りに思い出話を書いてくれた。赤城の話によると、ユリとの接点は妹だったらしい。赤城の妹とユリが一年生の時に同じクラスで、同じ高校の二年生だった赤城は妹の話からユリに興味を持ったそうだ。
「ユリは今でも高校時代の友達と遊んだりするの? 私は地方出身だからみんなバラバラでちっとも会えないから、地元に残っている人たちがうらやましいな」
「うーん。私の友達はみんな地元から離れていないみたいだけど、すっかり疎遠だよ。連絡先も変わっているだろうしね」
「でもほら、名前とかどういう子だったとか覚えているでしょ?」
「まあ何人かはね」
 そう言って連ねた中に赤城の妹の名前はなかった。それほど親しくなかったのか、それとも、赤城とつらい別れ方をしたせいで妹のことにふれたくないのか。
「そういえば、この前も高校のこと訊いてきたよね? どうしたの?」
「あ、いや、たいしたことないんだ。えっと、この前ね、昔の友達と再会したものだから懐かしくなっちゃって。それでユリはどうだったのかなあ、って」
「ふーん。私の思い出なんてたいしたことないよ」
 ユリがあまり話したくなさそうなので、これ以上訊ねるのはやめた。不審がられて、ユリのふりをして赤城とやり取りしていることが露呈しかねない。赤城のこともユリとの友情も住むところも失いたくはない。
 しかし、かたくなに話したがらないのはどういうことだろう。私との共通の思い出である大学時代の話は今でもよくするし、もっと幼い頃のエピソードも聞いたことがある。赤城との過去はそれほどまでに思い出したくないことなのだろうか。いや、そうならば赤城の態度が腑に落ちない。何度も手紙をやり取りする中で、赤城の文章に苛立ちに似た感情が垣間見えることもあるが、それは思いが伝わらないもどかしさによるものだろう。文章を通してでさえ、実直で熱意のある人物であることが伝わってくる。なにか問題がある人柄とはとても思えないのだが、恋人同士のことはその二人にしかわからないものだ。
 恋人同士。そうだ。赤城はユリと恋人だったのだ。わかりきっていたことなのに、胸がきりきりと痛んだ。そして急に不安が湧いてくる。ユリは同性の私から見ても魅力的な女性だ。そんなユリに向いている赤城の心を私に向けられるだろうか。今はまだ手紙の相手がユリだと信じているから続いているのだ。これまでに何通やり取りをしたことだろう。もういつ会おうと言われてもおかしくない。赤城が離れてしまわないように今はまだ私はユリでいなければならない。

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