小説

『思い届くまで』霜月透子(『赤ずきん』)

《高校時代の知人に聞けば、君はまだあの家で暮らしているというではないか。いまさらどうにもならないとわかってはいても、会える距離にいるのだと思うといてもたってもいられない。もしかしたら既に擦れ違っているのかもしれない。けれども、あれから何年も経っているから、きっと街で君を見かけてもわからないだろう。》

 私は高校時代のユリを知らないが、大学時代と比べても大人っぽくなったと感じる。制服姿しか知らない異性の目には別人に映るだろうことは容易に想像がつく。
 だからといって自宅にまで訪れる思いの強さには恐れ入る。

 その晩、食後のまったりとした時間にそれとなくユリに過去の恋愛話を持ちかけてみた。話の流れが高校時代になったところで本題に入る。
「もしもさ、高校時代の彼氏がいまでもまだユリのことを思っていたらどうする?」
「ええ? そんなの何年前よ? いまさらどうもしないって」
「けどさ、相手はユリのことを忘れられずに一途に思い続けていて、やっぱり君しかいないんだって言ってきたら?」
 ユリは「やだよ。ストーカーみたいじゃん。気持ち悪いよ」と笑った。私も「そっかあ。そうだよねぇ」と一緒になって笑いながら、赤城からの手紙を渡さないことに決めた。

 自室で赤城の手紙を読み返す。ユリは気持ち悪いと言ったが、この歳でこれほど一途な思いを抱いているなんて純粋な人に違いないし、この時代にラブレターなど書いてしまうところも悪くない。
 ユリとして返事を出そう。そう思った。手紙ならば別人が書いているとはわからないだろう。もし会うことになってもしばらくは誤魔化せるかもしれない。同じ家に住む同じ年齢の女性であれば、本人だと思うだろう。姿を見られたとしても、会わない間に雰囲気が変わったというくらいに思ってくれるかもしれない。そうやって親しくなってから正体を明かせばいい。そのころにはきっと彼も私のことを好きになっているはずだ。
 それまではあまり踏み込んだ話題になっても困る。親しくなるまではユリとして振る舞わなければならないが、これまでユリから高校時代の話を聞いたことはなかったため情報が足りない。

《お手紙ありがとうございます。懐かしいお名前を拝見してとても驚きました。ずっと忘れずにいてくれたのですね。けれども申し訳ないことに、私は高校時代のことをあまり覚えていません。大切な時間だったはずなのに、あなたのこともお名前と姿くらいしか思い出せないのです。私が思い出せるように懐かしいお話などしていただけたら嬉しいです。》

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