「まさかお前、工場継ぐとか考えてたんじゃないだろうな。」
「いや、そのつもりだったんだけど。」
「まさかお前、ウチには大学に行くような金が無いと思ってたんじゃないだろうな。」
「いや、それは……。」
途端に、親父はゲラゲラと笑い出した。
「バッカだなあ、お前。俺だって一応親だし、一応社長だよ。お前が大学行くくらいの蓄えはあるっての。ま、私立は勘弁だけどな。」
親父は一通り笑い疲れると、グラスを飲み干した。
「さ、もう一本飲もっと。」
そう言って立ち上がると、俺に背を向けた。
「なあ、皐月。」
痩せた背中から聞こえた声は、少し震えていた。
「ごめんな。」
テーブルの瓶には、たっぷりとビールが残っていた。
さっきまで咽び泣きとバカ騒ぎに溢れていた教室は、嘘のようにひっそりと静まりかえっている。俺は教室に一人、手に持った黒い筒をボンヤリと眺めている。外では桜がチラホラと舞って、カエデの新芽が透き通っている。その下ではまだ余韻に浸り足りない女子たちがグダグダとやっていた。
結局、俺は晴れ晴れとした気持ちで卒業することは出来なかった。華の浪人生活が決定していたからだ。親父は少しだけ怒ったが、「進路の話をしなかったダメ親父にも責任はある」と、あっさりしていた。というより、浪人してでも大学は出ろというスタンスだった。
進路を決めてから、楓がいないことは不思議と辛くなくなった。彼女は自分の意思で俺のそばにいてくれて、自分の意思で俺から離れていった……そう思えた。
――じゃあ、俺も行くよ。
――勝手にしなよ。
桜色の風の中、浅緑が優しく手を振っている。