小説

『趣味の壁』真銅ひろし(『青ひげ』)

 今の生活を壊してはいけない、自分が黙っていればそれで済む話なのだ。
「・・・。」
 しかし心のどこかで分かって欲しい所もある。家族に隠し事しているのはやはり気が引ける。
 おもむろに服を手に取り着替え始める。
 下は白いチュールのスカート、上はラベンダー色のカットソー。今回のテーマは清楚系。
 化粧もきちんとする。清楚系なのであまり濃くならず、極力ナチュラルメイクで攻めていく。少し大人っぽく行きたいのでブラウンのアイシャドウとアイラインを入れる。
 さっき妻と娘が化粧品の話で盛り上がっていたが、内心一緒になって話したかった。
 鏡の前に出来上がった姿を映し出す。
「・・・。」
 可愛いし綺麗だ。
 時計を見る。23時を指している。
「外、出てみようかな・・・。」
 ボロッと願望を口にする。
 ダメだ、ダメだ。もし誰かに見つかりでもしたらすべてが終わりだ。
 でも、外に出たい。見て欲しい。
 もちろん、妻を愛しているし、娘も宝物のように思っている。けれどそれとこれとは別なのだ。
 ただ、せめて家族だけにはありのままの自分を受け入れて欲しい。
 その願望だけは取り去る事はできない。

 「あのさ、笹本君は彼氏はいるの?」
「え~、突然どうしたんですか?」
 目をキラキラさせながら笹本が高音の声を出す。会社で昼飯の時に笹本が近づいてきたので、一緒に外に出かけた。
「いる?」
「いませんよ。加賀谷さんなってくれるんですか?」
 何かを期待するように上目遣いになっている。
「いや、ならないけど、もし自分の彼氏がさ。」
「・・・彼氏が?」
「女装の趣味があったらどうする。」
「え?」
 怪訝な表情になる。
「もしね、もしもの話。」
「・・・別れます。」
「別れる。」
「はい。」
 少し意外な答えが返って来た。
「どうして?」

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