小説

『趣味の壁』真銅ひろし(『青ひげ』)

 女性の格好をするのが好きだ。
 いわゆる女装と言うやつだ。
「・・・。」
 鏡の前の自分は花柄の白のワンピースを着ている。
 素敵だ。
 腕も足も脱毛している。鏡に写る綺麗な自分を見るのが堪らなく快感。
「お父さ~ん。お風呂入らないの~?」
一階から妻が呼び掛けてくる。
「入る~、お先にどうぞ~。」
もちろん家族は自分の趣味は知らない。妻も高校生になる娘も。
決して知られてはいけない。

「加賀屋くん、来週一週間福島に行ってくれないかな。」
「え、来週ですか?」
「都合悪い?」
「いえ、そんなことはありませんが。」
「新店舗の立ち上げなんだ。始めは経験者がいた方が向こうも心強いだろう。向こうも是非加賀屋くんに来て欲しいって言ってるしな。」
 部長から突然の出張命令。
 会社で化粧品の店舗を地方でも作る計画が立ち、今回がその第二弾。元々生活用品を中心に販売していた会社だが、最近は化粧品に的を絞って事業を展開していく事になっているらしい。会社として地方活性も狙ってアピールしていきたいのだろうか。
 まあ、理由はなんにせよ来週から福島に行く。
「加賀屋さん、出張ですか?」
 女性社員の笹本千夏がチョコチョコと笑顔で寄ってきた。
「ああ。」
「いいな~、私も行きたいな~。」
 甘ったるい声を出してくる。
「遊びじゃないから。」
「私も一緒に行っていいですか?」
「ダメに決まってるでしょ、自分の仕事があるでしょ。」
「有給使うんでプライベートです。」
 完全に“好き好き”をアピールしてくる。
「ダメ。相手なんか出来ないよ。」
「えー。」
 笹本は眉間にシワをよせ、少し怒った様な表情をする。
 20代でスタイルが良くて美人。

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