小説

『醜悪』軽石敏弘(『みにくいアヒルの子』)

 伯母も祖父の意思を引き継ぎ、国内有数の研究機関で精神転生技術の開発をつづけていた。
 長年の研究の末、伯母は日本人として初めて電子脳への精神移植を成功させた。伯母はその功績を認められ海外に移住し、世界的な人工知能の権威の下で更なる研究をつづけていた。
 数年が経過し、一時帰国を果たすことになった伯母は、父に久しぶりに会いたいと連絡してきた。そして父は再会を果たし、変貌していた伯母の姿に驚愕した。
 伯母は自身の肉体を放棄し、精神を義体に転生していた。それは世界最高峰のデザイナーによってデザインされた美しい義体だった。伯母の体は最新鋭の生物学の技術を駆使し、その大部分を彼女自身のクローン臓器で構築されていた。また遺伝子操作により身体機能と認知能力は飛躍的に向上されていて、その体は死すらも超越することができた。
「もうすぐ誰もが精神転生の恩恵を享受できる日が訪れようとしている」
 伯母は父に満面の笑みを浮かべて言った。 

 翌日、伯母は有識者のために開催されるパーティーに父を誘った。父は躊躇したが、伯母の勧めもあって参加することを決めた。
 会場に案内された父を待っていたのは、彼がそれまで見たこともないような豪華な晩餐だった。招かれた人々は医学界や科学界のみならず、政治家や芸能界などありとあらゆる業界から集まっていた。しかし、その中で、伯母の姿は一際存在感を放っていた。参加者たちは瞬時に彼女の姿に魅了され、彼女の一挙手一投足に翻弄されていた。

 パーティーも半ばに差しかかった頃、父は一人バルコニーで酔いを覚ましていた。
 そこにグラスを持った伯母が現れた。父は何気なく彼女に聞いた。
「この姿でいることは本当にいけないことなのだろうか?」
 伯母は何も答えなかったので、父は質問を続けた。
「どのような理由であれ、生まれ持ったこの姿を祝福し尊ぶべきではないのだろうか?」
 父の言葉を静かに反芻する伯母は、やがて考えた末に、こう答えた。
「私には普遍的な意味で、この醜い姿であることが善であるか悪であるかは分からない。でもこの姿を誰一人として美しいと思っていないことを私は知っているわ。私たち人間が本来の姿を思い出すことができる限り、この姿を受け入れることができる日は決して訪れない、それだけは確かだと思う」
 その後、伯母は再び研究の継続のために日本を発ち、伯母が日本に戻ってくることは二度となかった。

 それから月日が経過した。
 父は私の母と出会い結婚し、しばらくして私が生まれた。
 その頃には祖父や叔父たちが思い描いていた未来は現実のものとなっていた。精神転生技術は飛躍的な進歩を遂げ、大衆にも広く普及していった。

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