小説

『おぶすびころりん』室市雅則(『おむすびころりん』)

 私はブスである。
 いや、謙遜とかそんなんじゃなくて、マジでブスなのである。
 幸いにもそれが原因でいじめられたりすることはなく、むしろ性格は明るい方に育ち、何となく『姉御』のようなキャラに設定されてしまい、子供の頃は『ちょっと男子。ちゃんと掃除しなよ』みたいなことを言ったり、『おかん』とニックネームがつけられる存在になっていた。
 十代で『おかん』になってしまった。
 そして、私はもう間も無く三十歳になるが、今まで彼氏ができたことがない。無論、好きな人はいたが、自分がブスであることを考えると一歩を踏み出せなくて、誰とも関係性を深めることをしなかった。
 けれど、私は彼氏が欲しい。
一緒に水族館に行って『うわぁ、イワシの大群、煮ても焼いても、ツミレにしても美味しいそう』とか『あのレベルまでの芸をするのにイルカはどれだけ練習したんだろうね』とかデレデレしながら言って、その後、串揚げ屋に行って熱々の万願寺とうがらしやレンコンを生ビールで流し込みたいのだ。
 あーあ、そこらに彼氏落ちてないかな。

 私自身はブスなのだが、私と同じくらいブスな友人がいる。
彼女もずっと彼氏が出来ないでいた。二人して焼鳥屋でセセリの塩とかとろとろレバーなんてを食べながら、慰めあったり、励ましあったりしていた戦友である。
 しかし、そんな彼女にもステディができた。それは偶然だったらしい。
 友人の結婚式に出るためにお洒落をし、慣れないヒールの高いパンプスを履いて向かっていた途中の駅で見事に転んだ所、そこを通りかかった彼が彼女へと手を差し伸べたのがきっかけだと彼女は、私を慮ってか喜びを押し殺しながら言っていた。
 戦友なので、嫉妬とかではなく、おめでとうという祝福の気持ちと、そんなこともあるものだと感心をした。
 彼女がその靴を履いてなかったら転ばずに、そのまま二人の運命はすれ違っていた。
 そうか。転んでみるか。
 私は、人生においていかに転ばないかを念頭に置いていた。何せ、転ぶのはみっともないし、痛い。
 でも、人生はギブアンドテイクというか、失ってから得るものがあるはず。これ以上、私は何を失えば良いのかは疑問があるが、実は、お天道さまからすれば、私は何も失っていないのかもしれない。
 思い立ったが吉日。すでに夕方になっていたが、早速、ヒールの高い靴を履いて出かけようと思ったが、あいにくその手の靴は持ち合わせていなかったので、普通のスニーカーを履き、転んだ時のチラリズムの要素を加えようと、適度な丈のスカートを履いて街へと向かった。

 転ぶと言っても、闇雲にやってはいけない。

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