小説

『おぶすびころりん』室市雅則(『おむすびころりん』)

 贅沢を言ってしまうが、私の好みの外見(ちょっと塩顔で中性的な雰囲気)であることが最低条件である。
 そして、転んだ私に手を差し出してくれたのなら優しさがあるということになるので、そこからがスタートだ。
 早く転びたいが、場所も大事だ。
 駅前は人が多すぎて、転んだら恥ずかしいし、相手が急いでいる可能性がある。かと言って、人気や活気が無さすぎるとターゲットが現れない可能性がある。私を助けてくれる王子に『お礼にお茶でもどうですか?』と気軽に言えるくらい栄えていて欲しい。
 そうなると、あまり人が多くない駅前で、これから駅に向かう人ではなく、駅から降りてきた人というのが好条件のように思えた。
 そして、私はそんなスポットへと向かった。

 思っていた通りの場所であった。
 多過ぎず、少な過ぎない人気で近くに喫茶店もチェーン系のカフェもある上に、地面はボコボコではなく、綺麗に舗装されており、転んでもそんなに痛く無さそうだ。
 不審者に思われない程度にキョロキョロをしていると私と同じ年齢くらいの塩顔男子がこちらに向かって歩いてきた。
 これはチャンス。
 私は彼との間合いをはかりながら、ベストと思われるタイミング(靴紐を踏んでしまった風)で、転んで膝を着いた。
「きゃっ」
 大丈夫、痛くない。
「大丈夫ですか?」
 私の見立ては当たっていた。私の好みな上に、さっと声をかける優しさを持っていた。
 膝を着いたまま彼の顔を見ると目が合った。
「あ、大丈夫そうですね」
 彼は目を逸らして、過ぎ去っていった。
 この野郎。何が『あ』だよ。
 ブスだけど、一応いたいけな女の子が転んだんだぞ。どこで『大丈夫』と判断をしたんだよ。あれか、ブスは転んでも大丈夫と思っているのか。
 ちきしょう。
 私は立ち上がり、スライディングをした後の高校球児のように膝とお腹と胸を払って、獲物探しへと戻った。

 しばらくすると、大学生くらいの男の子が登場した。
 年下でも構わない。年下の男の子に甘えられたらスイートな時間になりそうだ。
「きゃっ」
 若造はこちらをちらりと見ることもなかった。
 所詮は、ガキだよ。ガキ。
 大人の魅力が分からないのだよ。自分を納得させて立ち上がる。
 今回、少し焦りが出たのか、転び方を少し失敗してしまい膝と手が痛い。

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