それから二週間ほどの間、おれはそわそわして過ごした。ファンレターはもう彼女に届いただろうか。彼女はもうあれを読んだだろうか。ああ心がふわふわふわふわしてる。甘ったるくてとけちゃいそうな、それでいて、不安で、いますぐ死んでしまいたいような気分だ。おれは家にこもって家中をうろうろしながら時をやり過ごした。やがて彼女から返事が届いた。
「拝啓、麗しのポンポコポコポコカグヤヒコ様。」という文で、その手紙ははじまっていた。「拝啓、麗しのポンポコポコポコカグヤヒコ様。おっけー。あなたがわたしを好いていることはよくわかりました。会いますか? わたしに会いたいですか? もし会いたいなら三日後の二十二時に神戸でお会いしましょう。神戸のどこかで、わたしはあなたを待っています。見つけてください」
おれは手紙をつよく胸におしあてた。感動と驚きで涙がこぼれ落ちた。
「ああ、世界でいちばん素敵なニュースキャスターさん、きっとあなたを見つけてみせるよ」とおれはいった。
かたわらでホットココアを飲んでいたユミ子のゴーストが「けっ」といって首をふった。ユミ子ゴースト。こいつは美人キャスターにファンレターをおくった数日後にとつぜんおれのまえに現れた。それからずっとおれがやることなすこと全部に「けっ」といって首をふっているのだ。
「なんだよ。なんか文句あるならいいなよ」とおれはユミ子ゴーストにいった。
ユミ子ゴーストは「けっ」といってふたたびホットココアをすすりはじめた。
「あのさあユミ子、そりゃあ、お前にまた会えてすごくうれしいと思ってるよ。でも、残念だけど、もうおれの心はとっくにお前からあの美人女性キャスターにうつっちゃってるんだよ。頼むよ、おれの新たな恋を応援してくれよ。なあ。おいこら幽霊。こっちむけよ。あ、なんだよその顔は。ふざけんなよ。恋人の死をのりこえて人生の再スタートをきった彼氏をあたたかく見守れよお前は。しけた顔してんじゃねえよ。てかさっさと成仏しろよまじで。うっとうしいなあちくしょう」
ユミ子ゴーストはしずかに立ちあがった。「けっ」といって彼女はトイレにこもった。なかで泣いているようだったけど、知ったことではなかった。おれはわくわくしながら三日後の二十二時を待った。時はゆるやかに流れていった。
約束の日の夕方、おれは夜にそなえて精神統一のための散歩に出かけた。そしたらどうだ。散歩の途中に妙な胸騒ぎを覚えてそっとふりむいてみると、背後にペンギンがいた。びっくりして立ちすくんでいると、ペンギンはさっさとおれを通りこして先へ行ってしまった。すれ違う時ちらりとも視線をよこさなかったペンギンの態度がなんだか気にさわって、おれはすかさず背後からとびかかった。両腕をつかまえてあっという間に地面に組みふせてやった。ペンギンのやつは不満たらたらだ。
「なにをするんですか、痛いじゃないですか!」とペンギンはいった。「一体わたしが何をしたというのですか!」
おれは問答無用でペンギンの両腕をちぎって上着のポケットにつっこんだ。
「あんまりだ!」ペンギンが叫んだ。「かえしてください、どうかかえしてください!」
おれはあっかんべえしてやった。
「訴えてやる、訴えてやるぞ!」とわめき散らすペンギンを軽快に蹴っとばして、おれは散歩に戻った。