おれはアッパーで彼のあごを粉砕した。きゅうにユミ子のことを呼びすてにしはじめたから腹がたったのだ。それからもうひとつ、彼は致命的なミスを犯した。嫌煙家のおれの家で煙草を吸ったことだ。おれはアッパー一発で気をうしなった見知らぬおじさんを居間にのこして自室にむかった。ピストルはいつも、ベッドの下にかくしてある。おれはかがみこんで手をのばし、ピストルをさがした。するとガブッ。おれは見知らぬ犬に噛みつかれた。どうやらおれの気づかないうちに一匹のシベリアンハスキーがベッドの下に住みついていたらしい。おれはシベリアンハスキーをひきずりだした。シベリアンハスキーはとびかかってきた。数時間にわたる死闘ののちに、おれはシベリアンハスキーになんとか打ち勝った。おれはベッドの下から念願のピストルをとりだしてまずシベリアンハスキーにとどめをさし、つぎに居間にもどってまだソファーの上で首をうなだれて気をうしなっていた見知らぬおじさんの眉間に風穴をあけた。やれやれ、とおれは思った。おれはシベリアンハスキーと見知らぬおじさんの死体を風呂場にひきずっていって浴槽で飼っているピラニアたちに食わせてやった。ピラニアたちが食事をおえたのを見届けて居間にもどると、閉じきったカーテンの隙間から青白い光が細く部屋にさしこんでいた。
「朝だ」とおれは声にだしてつぶやいた。
おれは風呂場にひきかえしてピラニアたちに「朝だから朝の挨拶をするよ。おはよう」といった。ピラニアたちは無表情な目でこっちを見つめるだけで挨拶をかえしてはくれなかった。しかしそれにしてもピラニアってキュートだ。
「ああ、かわいいなあ。きみたちは本当にかわいいなあ。目にいれても痛くないくらいかわいいなあ。よし、かわいいきみたちとずっと一緒にいたいから今日はおれきみたちを本当に目のなかにいれて過ごそう。そうしよう」といっておれは浴槽に手をのばし、ピラニアたちをつかまえて次から次へと目のなかにほうりこんでいった。全部で十匹なので、左右の目に五匹ずついれた。
「さてこれでよし」
すっかりピラニア目になったおれは満足して居間にもどった。すこし眠かった。おれはソファーに腰をおろし、眠気をふりはらうように頭をふりまわしながらテレビの電源をいれた。いったんニュースでも見てまどろみだした脳をリフレッシュしようと思ったのだ。
子供むけチャンネルでは、黒いスーツに蝶ネクタイを身につけた十歳くらいの少年キャスターがすこし緊張した面持ちで瀬戸内海でさいきん目撃されたまっ赤なクジラについて話していた。
大人むけチャンネルでは、二十歳くらいの綺麗な女性キャスターがまっ白な全身タイツに身をつつんだ男性にエッチないたずらをされながら国政について話していた。おれは一目見てすぐに、この女性キャスターに恋に落ちた。おれは画面に釘づけになった。彼女はまっ白な男性があの手この手でエッチな攻撃をしかけてくるなか、必死に歯をくいしばってニュースを読みつづけていた。そのひたむきな姿勢におれは心を打たれた。さっそくおれは彼女にファンレターを書くことにした。
「拝啓、世界でいちばん素敵なニュースキャスター様。あなたのことが大好きです。自分の仕事に対してどこまでも誠実なあなたの態度は、おれに深い感銘をあたえました。あなたみたいな方がいま、この瞬間にもこの世界にたしかに存在していて、はつらつと生きている。そう思うだけで、おれはなんだかすごくすごくうれしいです。大好きです。」そう書いて、おれはファンレターをおくった。
