小説

『桜前線停滞中』原カナタ(『桜の樹の下には』)

 ガラスの棺から出したときには暴れるか糾弾されるかと
 予想していたのに、それもいい意味で裏切られた。
 それなら、もう少し。
 もう少しだけいてほしい。
 桜前線の特性は分からないままだったが、広い場所にいれば遠くへ行きたがるし、狭い場所に閉じ込めてしまえばその場所に居続けるのかもしれなかった。
 だって、現象だから。
 自由にしてもらおう。
 それから何日か経って、桜は満開になった。
 少女は変わらず桜のそばに。木を背もたれにして、三角座りをしている。
 少女は中々踊らない。
 あれから歌も歌わない。
 黙ったまま虚空を見つめ、たまに空を見上げている。空は青く白んだ春の空だった。
 男は桜と少女を見ているだけで十分だったが、歌わない踊らない、いつもの違う様子なのが気にかかっていた。
 歌や踊る条件までは判明しておらず、男に出来ることもなかった。
 奇妙な時間が過ぎていった。
 外では寒の戻りが起こっている。二月中旬並みの寒さなのだという。
 ニュースでは、桜の開花が止まってしまったと報道されていたが、桜前線の拉致監禁はまだ気付かれていないようだった。
 男はおにぎりを作って庭に出て少女を眺めていた。
 桜が咲いて、少女がいる。
 夢みたいな光景で、奇跡みたいだと心から思っていた。
 しかし少女があまりに動かないので不安になった。
 男は少女のそばまで歩き、頭に触れる。
 少女の真似をするように隣に座る。
 そうしておにぎりを食べる。
 少女の見ているものは何だろうかと気になったのだ。
 歪な桜の木の根。
 背の低い草に、黄色のたんぽぽ。
 視界の端にはツクシが生えていた。
 春の味覚を食べようと思い、ツクシに手を伸ばし引っこ抜く。
 すると少女に手を叩かれた。
 驚いて少女を向けば、真っ直ぐに男を見ている。
 少女は一言も発することは無かったが、怒られたのだと直感で分かった。
 少女は男からツクシを引ったくり、植え直す。
 その行動を見て、分かったことがある。
 少女は人の手で植物を殺すことを良しとしない。
 桜前線は、桜を咲かせるという少女は、生命の象徴でもあるのだろうと仮説を立てる。
 ならば歌を歌わず、踊りも踊らないのはなぜだろう?
 十日が過ぎた頃、桜前線がいないことが発覚する。桜前線の目撃情報は、ランニングをしていた青年が最後だったらしい。それから監視カメラの記録で、男が桜前線を拉致監禁したことまでが判明してしまった。
 場所が判明するのも、時間の問題か。
 いつものように男が少女の頭に触れると、少女は上を向く。

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