「なんだ? 俺は知らねぇぞ?」
親父は驚いて目を丸くしていた。
「おばあちゃんが箪笥の奥にずっと持っていたの。漆塗りの立派な箱で、紫色の絹の紐で止めてあるのよ。見た目は本当に絵本の玉手箱みたいでね。この前、次郎たちが帰って来た時くらいだったかな。偶然、ばあちゃんがそれを箪笥から出しているのを見ちゃって、何か聞いてみたの」
「そしたら?」
もったいぶる母親に親父は身を乗り出していた。
「ばあちゃんが生きている時は開けちゃいけない。ばあちゃんがこの世からいなくなった時の楽しみにしとけって言われた」
「今じゃねぇか!」
親父は大きな声を出して自分の膝をぱんと叩いた。
「持ってくる?」
おふくろが親父に聞くと親父はうんうんと頷く。そしておふくろは両手でないと持てないような大きくて重そうな箱を持ってきた。
ばあちゃんが眠っている横で俺たちはその箱を取り囲むように座った。重厚感のあるその箱はツヤツヤと輝き独特の雰囲気を醸し出していた。
「煙がもくもく出てきて年寄りになったらどうしよう」
おふくろが大真面目に言うと親父が鼻で笑った。おふくろは意外と迷信とか怖い話とか信じるタイプだ。その点、親父は逆だった。
「んなことあるわけねぇべ。楽しみと言えばヘソクリに決まってるだろ」
「親父、ばあちゃんの前でよくそんなことが言えるよな」
そう言いながらも俺も親父と同じ気持ちだった。ずっしりと重いそれは煙が入っているとは思えない。親父は立派な紐をするすると解き、箱を開けた。
「これは……」
みんなが注目する中、箱は開けられた。箱に入っていたのは煙でもお金でもなく、箱を埋め尽くすほどの写真と古びた小物だった。
親父は一番上に乗っかっている染みだらけの台紙を手に取り、それを開いた。するとそこには着物を着た男女が映っていた。モノクロの古い写真だが着ている着物が普段着ではなくめでたい日に着る上等なものであることがわかる。俺はそこに映っている女性に目を奪われた。
「まさか、これがばあちゃん?」
はっきりとした目鼻立ちでありながら、日本人らしい、しとやかさがにじみ出るその女性は現代の女優と並んでも引けを取らないほどに美しかった。
「ああ、きっとこれはじいちゃんとばあちゃんが結婚した時の写真だな」
この美しさならじいちゃんが乙姫様だと思うのも無理はない。
「じいちゃんやるな」
「間違いねぇ」
よく見れば親父の目元は写真のじいちゃんとそっくりだった。親父はその下にある写真を一枚ずつ手に取った。最初はじいちゃんとばあちゃんだけだった写真に、赤ちゃんが生まれ、赤ちゃんはどんどんと成長していく。
「これ親父?」