ジャックは言葉を失った。そばにいたスプラットも同じだった。キャスターはしゃべり続けている。
「まあ……もともと金の卵なんぞを量産してるような国だったからな。どうやら雲の上の王国はお前さんが望む以上のものをすでに手にしてるらしいぞ」
そう言い終えたジャックはグラスに注いだウィスキーを一口飲んだ。その後ソファーで眠りこけたジャックを余所に、スプラットは朝までテレビにかじりついていた。以後数週間ニュースはボブノヴィ王国の話題で持ちきりとなり、切り裂きジャックの記憶は街から消えていった。
*
ボブノヴィ王国の声明から一年半が経過しようとしていた。
その間J国内では1000本近い豆の巨木が成長した。またJ国は雲上では育ちにくいらしい植物や動物を、ボブノヴィ王国は金銀やレアメタルを輸出入し合っていたが、ボブノヴィ王国は自治州ながら宇宙開発技術に関する一切の情報を秘匿、沈黙し続けてた。けれども最近になって、J国の同盟国であるA国の謀報機関がボブノヴィ王国の宇宙船が完成したらしいことを突き止め、世間に知られることとなった。期限は迫っていた。
月が昇りかけたある刻限のこと、ダニエル氏の呼びかけによって三人は地下のバーに集合した。まず口を開いたのはダニエル氏だった。
「三人揃うのは久しぶりだな。さて、今日は提案、というかもうこれしかないという選択肢を提示するために集まってもらったわけだが……これはとくにジャックのための選択肢とも言えるかもしれない。オレはこの数ヶ月、裏のルートを使ってボブノヴィ王国とコネクションを作ることに苦心していたんだが、ついに王国宇宙開発局の局長ジャクジャク氏と接触することができた。それでだな、お前さんたち二人を王国に送り込むことができたら、二人を宇宙船JJ003号に乗船させる許可を得た、というわけだ。とくにスプラット、ジャクジャク氏はお前の豆の木研究に興味があるそうだ。ジーン=ジャックに移住後の食糧生産に尽力してほしいらしい。それでジャックは万が一のため、スプラットの護衛だ」
「どうして私まで……別に私は宇宙に興味はないですよ」
スプラットは狼狽えながらそう吐き出した。
「俺は宇宙行きもかまわんぞ。J国から離れられるならな。それに俺は高いところは好きだし」
「うむ。ジャックはそう言うだろうと思った。それにスプラット、お前もうすうす感じていると思うが、J国はお前の存在にも勘付き始めているからな。いつまでも隠遁の研究者を気取っていられないぞ」
スプラットは黙り込んでしまって、微かに唇を震わせていた。
「それで、また豆の木を登るのはいつだ?」
ジャックはいくらか楽しむように言った。
「王国の最初の宇宙船JJ001号が出発したらそれが合図だ。その翌日早朝には豆の木を登ってもらう。ただ、既存の豆の木は警備が固いからな。そこでスプラット、お前なら新しい豆の木が成長する場所を特定できるだろう。お前さんの研究の成果が必要だ」
「ああ、まあ……わかった」スプラットは観念したようだったが、ふと思い立ったように言った。「ダニエルはどうするんだ? 一緒に船に乗らないのか?」