小説

『Jacks or Better』柊野ディド(『ジャックと豆の木』『マザーグース』『ジャック・スプラット』)


ジャックとスプラットの出会いからしばらく経った頃、街では奇妙な事件が頻発し、それにまつわる噂が広がっていた。J国の警察によって豆の木の根元付近は警備されていたが、夜な夜な何者かが侵入し、木の一部が切りつけられているという事件だった。標的となったどの豆の木にもナイフで“High, Jack”という文字が彫り込まれていたことから、民衆の間で犯人は切り裂きジャックと呼称されるに至っていた。
ある晩のこと、豆の木のサンプルを採り終えたジャックは、そのままスプラットの屋敷に戻った。サンプルを受け取ったスプラットは、代わりにその日の新聞を示しながら呆れたように言った。
「もうすこし自重してもいいんじゃないか。これでは私たちが犯人だと言ってるようなものだ」スプラットが示した新聞の見出しには、ジャックが彫り込んだ文字の写真が大きく写し出されていた。「それにハイジャックならhighじゃなくてhiだぞ」
「うるせえ、俺は高いところが好きなんだよ!」
ジャックは上着を脱ぎながら吐き捨てるように言った。
豆の木を巡る仕事を通じて、ジャックとスプラットはまずまずの関係を築いていた。ジャックは不用意に外に出るわけにもいかず、ほとんどをスプラットの屋敷で過ごしていた。二人は一緒に過ごすことで、お互い姿形はそっくりなれど、考え方や性格は異なっていることを確認できていた。ハンバーガーを食べるにしても、ピクルスやオニオンはスプラットが、パテやベーコンはジャックが食べる係りだった。
「それに今宵は土産もあるぜ」と言ったジャックはポケットから何か取り出すと、スプラットに投げ渡した。
「これは……」
スプラットは思わず息を飲んだ。それは豆の木のタネだった。
「今日の豆の木のそばに落ちてやがった。扱いには気をつけてくれよ。ここで発芽したら屋敷の天井が吹っ飛んじまうからな」
「ああ、わかってるとも……」
そう呟きながら、スプラットは大事そうにタネをシャーレの上に置いた。その様子を見ていたジャックはいくらか気まずそうに尋ねた。
「スプラットは、その、どうして豆の木を枯らせたいんだ?」
「いや、私は枯らせたいわけではない」スプラットは頭の弱いジャックにもわかるよう言葉を選んで続けた。「私はあの豆の木の成長をコントロールしたいんだよ。今はまだ人の手に負える代物ではないが、あの生命エネルギーを人が理解し管理できるようになれば、人類の科学や暮らしは飛躍的に向上するはずだ」
「……なるほどな。まあ好きにしてくれ」
ジャックは仕事終わりの一杯をグラスに注ぎながら言った。そして何の気なしにテレビの電源を点けた。美人キャスターが早口にまくし立てていた。
「緊急速報です。雲上のボブノヴィ王国は先ほど、J国の自治州となることに期限付きで合意したと発表しました。同時にボブノヴィ王国議会は、新たな資源確保のため今後二年以内に地球を離れ太陽系外惑星ジーン=ジャックに移住することも決定したとのことです。同王国が自治州となるのは太陽系外惑星へ飛び立つまでの期間に限られると見られており、J国政府は地球外への移住の科学的根拠を調査……」
「おいおい……」

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