「どういうことだ、これは」ジャックも囁き返した。
「さあ、オレにもわからん。でも初めてお前さんに会った時はオレも同じように驚いたもんさ」
「俺に兄弟がいるなんて聞いたことがない」
「あくまで他人の空似だろう」
ほどなくして、男はカップの紅茶と何やら緑色の焼き菓子を差し置いた。
「さて、紹介しよう。こいつはジャック。例の豆の木を切り倒して、めでたく国家権力から追われる身になった咎人だ」
ジャックは気恥ずかしいままに会釈をした。
「そしてそのジャックと瓜二つのこちらが、オレとは十年近い付き合いになる変わり者、ジャック・スプラットだ」
スプラットもジャックと同じように会釈をした。お互い気まずそうだったが、ダニエル氏は気にせず続けた。
「スプラットは菜食主義の植物学者でな。今はあの豆の木の研究をしているらしい、そうだよな」
「ええ……まあ」スプラットの声までジャックとそっくりだった。「もともとは植物生理学を専門に扱っていたんですが、今では病理学、とくに寄生菌のタフリナ属の病変の研究を……」
などとスプラットが話している間、ジャックは話の内容がチンプンカンプンなのと妙な人見知りを発揮させたようで、ただ静かにスプラットの話を聞いていた。それにしても奇妙な気分だ。こんなにそっくりな人間は初めてだぞ。ジャックはそう思いながら、紅茶の水面に映る顔を眺めていた。
「おい、聞いてんのか」
ダニエル氏の声にジャックはビクッとなった。
「いや、まあ」
「まったく! スプラット、お前もわけのわからん話しをするんじゃない。ジャックのオツムは青豆一つ分くらいなんだぞ。もっと気を遣ってやれ」
「おい、そりゃないだろ」
「初対面でしたもので……」
二人の声は重なった。ダニエルは失笑した。
「まったく奇妙でしかないな。それにスプラットは大事なことを言い忘れてるだろ。いいかジャック、こいつはな、研究の一環と称して豆の木を枯らそうと企んでやがるんだ」
「それは……」
「内緒のはずでは……」
また二人の声は重なった。
「それでだなジャック、スプラットがいくつか豆の木のサンプルを欲しがってるんだ。お前さん、手伝ってやらないか?」
「どうして俺がそんな危ないことをしなきゃいけない! ただでさえ追われてるっていうのに!」
ジャックは声を荒げた。ダニエル氏は言った。
「大丈夫だ、潜入の仕方はこのバネ足ジャックが教えてやる。あとは似た者同士、よろしくやってくれ」
ジャックは黙り込んだ。スプラットも気まずそうに黙り込んだ。
「ジャック、オレの見立てではこれで上手くいくはずなんだ。オレは一度お前を救ってやったんだぞ。なあ、信じてくれよ」
ダニエル氏は熱のこもった調子でそうジャックに語りかけた。ジャックの青豆はツルツルで、あとはただ頷くしかなかった。