小説

『睡蓮の雫』齊藤P(『浦島太郎』)

「なんか思っていたのと違うよな」
 気づくと浦島を連行してきた張本人である亀山が隣に立っていた。素早い業務遂行により、なんとか厨房行きは免れたようだ。彼は拍子抜け、といった様子で続ける。
「犯罪を多数企てている凶悪犯って聞いていたから超警戒して甲羅磨いてたのにさ。蓋を開けてみりゃすげー真面目で良い奴じゃん。カウンセリングの結果も普通だし。本当に犯罪なんて計画してたのかね」
 亀山の言う通りだ。浦島は私たちが写真から受けた印象通り、人当たりの良い精悍な青年だった。彼には主に給仕を担当してもらっているのだが、頼んでもいない場内の清掃を隅々まで行ってくれている。私や乙姫、亀山への挨拶も欠かさない。心なしか彼がやってきてから場内が全体的に明るくなった気さえする。
神を疑うわけではないが、とても犯罪を犯すようには見えないのである。これは一体どういうことだろう。
「神様も間違えるもんなのかな」
「うーん…私もこんなこと初めてで…」
「今までは粗暴で見るからにヤバそうな奴らしか来なかったもんな。乙姫はなんか言ってた?」
「『手間がかからなくてよかったじゃない』、としか。まぁ、確かに手はかからずに楽なんですけど」
「このままいけば竜宮史上最短で解放じゃね?よかったよかった」
 人ごとのように亀山はいう。
「ちなみに犯罪実行予定日はいつだったの?」
「今日の…あ、いえ正確には明日の午前4時ごろです。この時刻に何もなければ亀山さんのいう通り最短で解放だと思います」
「一応その時間には俺がアイツの部屋の前で張り込んどくけどさ、あの調子だといらないかね、俺」
「念のため見張っておいてくださいね。サボりたいんでしょ、貴方」
「むっ、鋭いな。なんか乙姫に似てきた?さすが秘書やってるだけはあるね」
 茶化すように言ってから亀山は自室へと戻って行った。彼は態度こそ軽いが、仕事はきっちりこなしてくれる。その一点のみにおいて、亀山のことを信用していた。
 再び浦島に目を移す。相変わらず勤勉を形にしたような働きぶりだ。これは本当に、3日後くらいには解放かもしれない。特に何事も起こらないまま、その日の時間はゆっくりと過ぎていった。

 何か嫌な音がして目が覚めた。
 重い物が床へ落ちるような音。普段なら追い出された夢の国へと戻って行くところだが、妙な胸騒ぎがした。
 ベッドから身を起こし、暖かい掛け布団を体から引き剥がす。この瞬間はいつも故郷を追われた原住民のような悲しい気持ちになる。海中特有の気温の低さに身震いしてから、羽織を着て寝室のドアを開ける。海中とはいえ、竜宮城にも朝と夜がある。地上からの光が途絶えている今は夜なのだろう。竜宮城住み込みのスタッフ達もほとんどが眠っており、静寂があたり一帯を支配している。

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