小説

『睡蓮の雫』齊藤P(『浦島太郎』)

「ないものを嘆いても仕方ないか。亀山、よく聞きなさい。収容依頼よ。この『浦島太一』って男を3日…いや、2日で確保、連行してきて。あと…まぁアンタは甲羅があるから平気だと思うけど、凶悪犯っぽいから気をつけなさい」
「えっ、乙姫が優しい?なんか変なものでも拾い食いしたんすか?」
「するかよ!いい?ちゃんと期限内に確保してきなさいよ。少しでも遅れたらアンタをスープにして食卓に並べてやるからね」
「わかってますよ。任せてください。乙姫、そんなに怒ってばかりだと婚期逃しますよ?」
 この亀、生き急ぎ過ぎじゃないか?
 いや、亀は万年生きるっていうし、急ぐぐらいで丁度いいのかもしれないけど。
「…決めたわ。期限を過ぎようが過ぎまいが、帰ってきたら厨房送りにしてやる!」
「怖い怖い!じゃ、いってきまーす」
 それだけ言うと亀山は逃げるように執務室から出ていった。雰囲気を和らげようと、乙姫に会話を振ってみる。
「そ、そういえば乙姫には好きな人とかいるんですか?」
「なによ薮から棒に」
「いや、定番のガールズトークというか…そういう話聞いたことないなと思って」
「別にいないわよそんなの。昔告白してきた人間はいたけどね。それよりアイツ、ちゃんと仕事するんでしょうね」
「亀山さんもエージェントですからお仕事はしっかりしますよ、多分」
 そういって乙姫をなだめつつも、心の中では期限ギリギリになることを覚悟していた。まぁ期待せずに待つとしよう。そんなことを考えながら、「浦島太一」受け入れの準備をするため、乙姫の執務室を後にした。

 良い意味で予想は裏切られることとなった。なんと亀山はわずか3時間で浦島を確保し、連行してきたのだった。曰く、亀山が海岸に浮上しゆったりと腹ごしらえをしていたところ、幸運なことに浦島が海岸へやってきたのだという。通常は抵抗されることがほとんどである確保の際も、浦島はこちらの指示、説明に非常に従順かつ冷静で、確保から連行までの一連の作業は過去に類を見ないほどスムーズに行われたという。当の亀山は「俺の人当たりの良さが成せる技っすね」などと嘯いていたが、これから犯罪を3つも犯すと予測された人物がこんなにも簡単に連行されるなどあり得るのだろうか。
 竜宮城では連行した人物のボディーチェック、健康診断を済ませた後、城内清掃、給仕、物資運搬などの業務をその人物に割り当てる。業務と並行しカウンセリングや座学による教育を施すことで、地上に戻った後二度と犯罪を企てたりしないよう人格の矯正を行う。人格が改善され、神々が地上に返しても問題ないと判断すればその地点で地上へ釈放、1年経っても改善が見込めない場合は「玉手箱」により無害な老人に変えてから地上へ返すという決まりだった。当然この浦島にも竜宮城内の業務が課せられ、乙姫の秘書である私がその経過観察を行うこととなった。今日で浦島が竜宮城へやってきてから4日が経つ。今日も今日とて彼の仕事ぶりを観察しているのだが…

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