小説

『地球玉手箱現象』馬場健児(『浦島太郎』)

 実況のアナウンサーだけが律義に試合を盛り上げようと声を張り上げるが咳き込んでしまう始末だ。サポーターたちの暴風のようなどよめきだけが競技場の観客席に蠢いている

「何なんだよ・・皆なで浦島太郎ごっこかよ」
「浦島太郎って・・」沙織は萎んでしまった胸をシーツで隠しながら呟く。
「乙姫様じゃないんだね・・女なのに」
 竜斗が再び選局ボタンを押すと、今度は討論番組が映し出された。
 元々老人の司会者は見た目は老人のままだが、さらに滑舌が悪くなっている。
 その他のワイドショーなどでよく見るコメンテーター達も、一様に老人となってはいるが、ひるむことなく地球温暖化について、熱く討論バトルを繰り広げている。
 この地球老人化に比べれば地球温暖化などもはやどうでもいい。
 自分たちの贅沢な生活スタイルを棚に上げて深刻に議論していることが、いまさら滑稽な絵空事にしか聞こえない。
 短いため息と共に、竜斗の頭の中で大好きなバンドの「世界に終わり」という曲のイントロが鳴り始めた。
 このギターのフレーズが好きだ。この音は絶対に出せない。
 左手のコンドームをゴミ箱に捨てメロディーをくちずさみながら、リモコンをオフにするとテレビは短い唸り音を残し黒い画面に一人の老人の顔を浮かび上がらせる。
「良かった〜禿げてな〜い」
 竜斗は黒い画面を鏡替わりに、白煙に覆われるまえの剛毛な髪ではないものの、白髪にはなってはいるが、ほぼほぼ後退していない額の髪を確認して、いつものようにおどけて見せながらステージでのMCの時のように早口で続ける。
「これって神様の悪戯?それとも悪夢?どっかの国の化学兵器?それともテロリストの仕業?もしかして宇宙人の侵略戦争?」
 沙織はそんな竜斗のおどけにも一点を見つめたまま反応しない。
「そりゃショックだよな、いきなり婆ちゃんになったんだからなぁ・・」
 竜斗は続ける。
「何が玉手箱現象だよ。いったい誰が蓋開けたんだよ!しかもなんで今日なんだ!なんで童貞のままクソジジィにならなきゃいけないんだよ・・セックスも知らずにジジィになって死ぬのかよ!」
 いっきにまくしたてたにもかかわらずあまりの驚きと虚無感に声が震えてきた。
「明日は大事なライブだっていうのに・・」
 ついに涙声になってしまった。
 竜斗率いるヴィジュアル系パンクバンド“T-BOX”は明日のライブにかけていた。
 この長閑な町から車で二時間程離れた地方都市にあるそのライブハウスは、歴史もありアマチュアバンドにとっては聖地のような場所で、そのステージからメジャーになったバンドは数知れない。

1 2 3 4 5 6 7