小説

『地球玉手箱現象』馬場健児(『浦島太郎』)

 ある日の昼下がり、突然全世界が白煙に覆われた。
 時間にしてわずか3秒程の出来事で、その一瞬の間に地球上の老若男女すべての人類が老人となってしまった。
 この謎の災害はすぐさま『地球玉手箱現象』と名付けられ世界中の人々を恐怖と混乱に陥れた。

 竜斗は突然シワだらけになった手でリモコンを持ったまま、緊急の報道番組に切り替えられたテレビの画面を凝視していた。
 左手には今から使うはずだったコンドームを握りしめている。
 海辺の田舎町の長閑な景観を台無しにするかのように、原色の壁の色が所々剥げ落ちたその名の通り竜宮城をモチーフに造られたラブホテル<RYUGUU>の一室にいた。
 事の次第を把握するためにベッドに腰掛け、老人しか出てこないテレビ画面をベッドから上半身だけ起こした沙織と、食い入る様に観ている。
 ふたりとも全裸だ。それはそうだ。
 さっきまでキシキシと動くたびに音を立てるベッドの上で抱き合っていたのだから。

「ちゃんとつけてね」
 沙織が手を伸ばし、ベッドの棚に置かれたまるでジュエリーボックスのような装飾を施した、小箱の蓋を片手で器用に開け、丁寧に2つ並べられたコンドームに竜斗が手を伸ばした瞬間に白い煙に包まれたのだ。
 つまり竜斗と沙織は童貞と処女のままお爺ちゃんとお婆ちゃんになってしまったと言うわけだ。
 テレビ画面には老人と化してもダンディな売れっ子キャスターが、スタジオから現場の少し腰の曲がった老婆と化したレポーターに、張り詰めた声で呼びかけている。
 なぜか二人共災害時のように、テレビ局のロゴが入ったヘルメットを被っている。
 レポーターは痰が絡むのか咳払いを繰り返しながらも繁華街で道行く人々にインタビューを試みている。しかし皆がパニックに陥っているせいなのか、老人と化したため耳が遠くなっているからなのか、会話がチグハグで埒があかない。
 流行りのファッションで身を固めた老婆のグループには泣き叫んでいるものもいる。
 それをなだめている友達の老婆の派手な化粧が、シワだらけのゾンビにしか見えない。
 老人となった男の子の手を引いている老人となった父と母は呆然とお互いの顔を見合ったまま言葉を失っている。
 時折スタジオのダンディなキャスターの引きつったような微笑み顔に画面が切り替わるのだが、老人になったのが自分だけではないという安堵の表情にも映る。
 腰の曲がったレポーターは小走りで息を切らしながら、ランドセルを背負った下校中の小学生をつかまえてインタビューを続けている。

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