小説

『地球玉手箱現象』馬場健児(『浦島太郎』)

 竜斗のルックスとステージパフォーマンスが噂になりそのライブハウスのオーナーから直々に出演のオファーをもらい、その憧れのステージで一発ぶちかましメジャーの道への足がかりにするつもりだった。
 センスはあるが練習嫌いのドラムの浜岡と、メジャー志向がまったくないベースの海野をけしかけて練習に練習を重ねて”T-BOX”のソリッドな音は、今が最高の仕上がりとなっていた。

 練習のあとはいつものように近所の酒屋の立ち飲み屋で、反省会と称した三人の飲み会が始まる。メンバーの中で一番酒の弱い竜斗が一方的にしゃべり、浜岡が相槌を打ち、海野はただひたすら焼酎を呑んでいるという昨夜も例外なくそんな飲み会だった。
「また始まった」
 ロックグラスに新しい氷と焼酎を注ぎながら海野は独り言のように言う。
 ビール二杯目ですでに酒と自分のビッグマウスに酔っている竜斗にはもちろん聞こえてはいない。 
「明後日のライヴなんてただの踏み台だ!どうってことないんだよ!
 俺たちが一番盛り上がるに決まってるんだよ!
 対バン目当ての客も全員俺らがかっさらうぜ!絶対にメジャーになれる!
 日本中が俺たちの音楽にしびれる日が来る!
 その後は世界だ!俺たちの創る音は最高だ!なあ浜岡!そうだろ!」
 竜斗のハスキーボイスが店内に響きわたる。
「そんなこと言ってるけどステージ上る前は、お前が一番ビビってんだろうが」
 浜岡は茶化しながらも竜斗なら、こいつとならそれも不可能じゃないと感じている。
 一つ年上の海野もロックの焼酎を飲み干しながら、そんな意気がる竜斗の声を心地よく感じている。
 ハスキーな竜斗の声は歌い出すとフェミニティになり、中性的でとてもセクシーな歌声となり、本人が書いた過激なのに繊細な歌詞が観客を突き刺す。
 浜岡も海野も竜斗のセクシーボイスがこのバンドのたった一つの武器だと思っていたし、それが最高の武器だと確信もしていた。
 竜斗のビッグマウスもスタントマンとして見れば充分に魅力的だ。

 けたたましい着信音が鳴る。竜斗の携帯がベッドの上の脱ぎ捨てたジーンズのポケットで震えてる。
 沙織は微動だにせず一点を見つめたままだ。
 ポケットから剥ぎ取るように携帯を掴み、相手が誰かも確認せず竜斗は携帯を耳に押し当てた。
「俺だ・・」
 かなり嗄れた声だが声の主は浜岡だった。
「ひどい声だな、寝起きかよ」

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