小説

『地獄リゾートへようこそ』二村元(『蜘蛛の糸』)

 まさか、こんなに混んでいるとは思わなかった。その混み具合といったら、通勤ラッシュの新宿駅なんていうものではない。真っ直ぐ歩けないどころか、もはや、前に進むのも大変と言った方が正しい。
 これが天国の現実だった。死んだら天国へ行く訳だけど、天国の次は無い。当然、天国は死んだ人たちで溢れることは目に見えている。
 白い着物を纏って横笛を持った若武者に、槍を背負ったいかつい男が付き添っている。ひょっとしたら、義経と弁慶だろうか。
「鳴くまで待とうホトトギス……」とぼそぼそ言いながら歩いているお爺さん。あれはもしかして、徳川家康かな。
 人をかき分け少し奥に進むと、そこには小さな池が有った。池の周りにも多くの死んだ人たちがいて、ちょっと押されたら池に落ちてしまいそうだ。そんな中で、池のふちに優雅に腰を下ろしているお爺さんがいた。長い髪の毛は真っ白で、白いあごひげをたくわえている。そのお爺さんは、池に浮かぶ蓮の葉の上の蜘蛛と遊んでいるようだった。
 ひょっとしたら、地獄に蜘蛛の糸を垂らしたというお釈迦様かも知れない。
 その他、無名のまま死んだ数多くの人達。とにかく天国は満員だった。
 それでも、他に行くところも無い俺は、ぎゅうぎゅう詰めの天国生活を始めたのだった。
〝一人一人に三LDKの快適な住まいを提供します。転居するなら「リゾート地獄」へ。見学ツアー開催中″
 月日の流れが分かりにくい天国だったが、最近、いたる所にこんなポスターが貼ってある。聞くところによると、地獄は行きたい人がいないため、ガラガラらしいのだ。
 それはそうだろう。誰でも一度や二度くらいは、地獄の怖い話を聞いたことが有はずだ。地獄へ行ったら、毎日、釜茹でにされたり、血の池に沈められたり、鞭で打たれたりすると聞かされていた。いくら住まいが三LDKだとしても、そんなひどい目には会いたくない。
 それに、俺も死んでみて初めて分かったのだけど、死んだ後で、天国と地獄のどっちへ行きたいか聞かれるのだ。よほどの変人か、よほどのMじゃない限り、天国を選ぶに決まっている。
 ところが、来てみて初めて知る天国の現実。もはや身動きできないほど混んでいるのだ。
 俺は、とりあえず、地獄の見学ツアーに参加することにした。
「さー、源泉かけ流し、トマトをたっぷりとすり込んだ血の池は、リコピンいっぱいの健康風呂ですよー」
 赤鬼が満面の笑みで説明している。鬼って、笑うと結構可愛いものなのだ。どうやら、風呂担当の鬼が持っている金棒は、スポンジタワシになっていて、金棒による垢すりサービスも有るらしい。
「いらっしゃい、釜茹ではいかがですか」
 釜の中でブクブクしているのは、お湯が沸騰しているのではなく、ジャグジーになっているそうだ。ものすごい湯気は、ドライアイスを使った演出なのだとか。
「痛―い」

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