小説

『地球玉手箱現象』馬場健児(『浦島太郎』)

 パンクバンドを演る体力など無いだろう。
 地球玉手箱現象に陥った世の中に、老人だけの世の中に、攻撃も反抗も破壊も必要はない。
 老いた体をいたわりながら一日でも長く生き延びることを願い、静かに暮らして行くだけだ。やがて迎える命の終わりを待ちながら。
 この状況こそがよほどパンクだ。

「人類滅亡・・かぁ」
 詩の朗読でも始めるかのような沙織の声に、竜斗はビクッとする。
「恐竜時代は一億五千万年も続いたのに、人類は短かったね。
 恐竜は隕石が落ちてきて滅びたのか、氷河期のせいで滅びたのか、贅沢しすぎて食べるものが無くなって滅びたのか、ひょっとしたら今と同じようにこの玉手箱現象で滅びてしまったのかもしれないね。
人類がまだ味わってない未曾有の天災っていくつもあるのかもしれないね。」
 確かに人類の前に恐竜が滅びてはいるが、恐竜といえばグラムロックと映画ぐらいしか思いつかない竜斗は、いつものことだが妙に説得力のある沙織の話に引き込まれた。
 沙織は若いくせに歴史の話や自然界の話が得意で、そこにオリジナルの想像力を加えて話をしてくれる。
 まるでおばあちゃんの昔話でも聞いているような心地良さに、いつも竜斗は感心する。
「山を削ったり海を埋めたり自然をいっぱい壊して、人類は竜宮城みたいな楽しむだけのための施設をいっぱい造り続けてるよね。
 進歩って言葉で何もかも正当化しているけれど、この星はそれを望んだのかしらね・・。
 子供の時の記憶なんだけど、南のはての島、波照間島の海を見たときに、私泣いたの。色がないの。
 空は真っ青なのに透明なのね。透明なのにキラキラと輝いてるの。
 悲しくも嬉しくもないのに、涙が葉っぱに集まった雫みたいにスーッとね、
 真っ白な砂の上に落ちたの」
 ヒーリング音楽でも聞いているかのような沙織の話に竜斗は目を閉じる。
「なぜその島に行ったのか、誰と行ったのかも全く覚えていないんだけど、
 その涙の記憶は鮮明に覚えているの。
 きっと何十億年もまえの世界中の海には色がなくて、そのキラキラと光る海から私達の祖先はやって来たんじゃないかな・・なんてね。
 浦島太郎が亀を助けた海もきっと、そんな海だったんじゃないかしら。
 透明なんだもの、まさに絵にもかけない美しさとはこのことね」
 竜斗の目から悲しくも嬉しくも無いのに涙が、葉っぱに集まった雫のように
 流れ落ちた。
 残念ながら、真っ白な砂ではなく黄ばんだ枕カバーの上にだが。
「浦島太郎は亀を助けたお礼で竜宮城に行ったけど、人間は何を助けたのかしら・・地球だって煙くらい吐きたくなったのかもしれないね」

 
 読み終えた絵本を閉じるようにゆっくりと、沙織が竜斗の頬の雫を拭ってくれた。

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