小説

『地球玉手箱現象』馬場健児(『浦島太郎』)

 小学生の女の子二人は自分達が老婆と化したことにまだ気づいてはいない様子で、白煙に覆われたことをまるで新しいゲームの説明でもするかのように身振り手振りでインタビューにこたえている。
レポーターが化粧ポーチから鏡を取り出し二人の顔を映し出してやると、奇声を発してその場にへたり込み、気でもふれたのか今度はケタケタと笑いだした。
 元々老人だったであろう老夫婦はレポーターの手から鏡を乱暴に取り上げ自分達の顔を見ながら「少し老けた」と深刻な面持ちで嘆いたが、腰の曲がったレポーターよりはいくぶんかは若く見えた。

 地元の大学に通う竜斗と地元の銀行で働く沙織は、高校を卒業するころから付き合い始め一年半になる。スリーピースのバンドでライブハウスなどに出入りして見た目もファッションも遊び人にしか見えない竜斗は、ステージでの過激なパフォーマンスとは違いかなり奥手で、童貞を捨てるチャンスなどそのへんに転がっていたにもかかわらず今日まで過ごしてきた。
 裏返すと決して派手さはないが清楚でそれこそ地銀のポスターにでも抜擢されそうな、整った顔立ちの優しい沙織以外の女性には興味がなかったのだ。
「何が起こったの・・」 
 沙織の問いかけに無言で首をひねりながら振り返ると、変わり果てた沙織の姿に竜斗は愕然とした。
さっきまで美しく果実のようだった沙織の胸は見る影もなく萎み、美しかった黒髪も銀髪になっている。ただ顔にもシワはあったが、上品さは失われてはいなかった。
 瞬間的に竜斗は自分の姿に沙織も同じように驚愕してるだろうと思ったが、老人になった自分など鏡に映してわざわざ確認したいとも思わなかった。
 だがTV画面に顔を移そうとしたとき自分の白い陰毛に目が止まり、固まってしまった。白煙に包まれる前まで隆々と勃起していた性器が、今は白い陰毛の中でしなだれている。
 ダンディなキャスターは淡々と報道を続けている。
 世界中で交通事故が発生し、どこかの上空では飛行機が墜落したとの情報まで飛び交っていると冷静に伝えている。

 竜斗は再び画面に目を移しやみくもに選局ボタンを押した。
 あるチャンネルでは老婆の集団と化したアイドルグループのコンサートの生中継が映し出された。
 メンバーの面々は放心状態で誰ひとり歌えてはいないが、ミリオンヒットとなった楽曲の凡庸なフレーズの幼稚な歌声だけがスタジアムに虚しく響いている。
 こうなった以上、口パクを攻めるものなど誰もいないだろう。
 フットボールチャンネルでは、グラウンドにへたりこんでしまった老人選手達が映し出され、誰かが蹴ったであろうボールだけが生き物のように転がっている。

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