「ちょっと君、か、かがみ、鏡を見てみたまえ! いま自分が、どんな顔をしているか!」
つられて視線をむけると、なんのことはない、みなれた仏頂面が、こちらを見返しているだけだ。
「いやあ、君のような人間は、初めてだ! もしかしたら、我らの能力を超えているかもしれんよ!」
しかし川中氏は上機嫌で、いまだ笑いながら、今しがたのことは、ただの度胸試しだったのだと詫びた。
現実として、彼の一族が葬儀店を営むことは不可能らしい。古くから縁起を重んじ、ゆえに死にかかわる商売や、葬儀の主催を禁じられているのだそうだ。だから死者が出れば、他に頼むしかない。これまでは懇意の葬儀屋がいたのだが、折悪しく店主が亡くなり店を閉めてしまった。
「どうしても新規開拓せねばならず、手当たり次第に連絡したよ。しかし、どこの者も無礼極まりない。そこに現れたのが、君だったんだ」
本家家長である川中氏は、我が黒良葬儀店をこののち一族がもちいる葬儀屋として押した。ただそのためには、証拠が必要になった。その葬儀屋が、本当に失礼を顔に出さない、いわば肝の据わった顔面の持ち主であるという、証拠が。
「ひとつめは、事情を聞いても平静でいられること。ふたつめは、死の恐怖に晒されても驚かないこと。いや、正確には、それを表情として示さないことだな。なにしろ我々は、白い目で見られるのが大嫌いだからね。しかし、君の対応は素晴らしかった。最初は私も目を疑ったものだが、今回こそ確信したよ。どれだけ驚いても、君は、瞳孔反応ひとつ示さないんだからな。見事としかいえない職業意識だよ!」
そんなことを言われて、我ながら驚いた。表情に乏しいとは思っていたが、よもやそこまでの鉄面皮だったとは。
「それでは黒良くん、今度こそ、我が一族をよろしく頼むよ。――さあ皆も、これで納得しただろう?」
ギイッ
川中氏が声をかけると、鏡がドアのようにして手前に開かれた。そこから、わらわらと人が出てきて、口々にこの契約を喜んだ。なかには涙を流しつつ、握手を求めてくる老人もいた。不安で仕方がなかった、これで安心してあの世へいける。そんな風に言われて、嬉しいのはこちらも同じだった。
その後には屋敷にて、壮大な宴がひらかれた。顔合わせとして、大勢の人を紹介された。そして最後に、美しい娘が姿をみせた。
「先に言っておくが、疑わないでくれよ。私は君を信用しているんだ、スパイなんぞ置く気はない。ただ、ばあばが、一番気に入りの孫娘を君の嫁にしたいといって、訊かないんだよ」
少し気まずそうに、川中氏は言った。ばあばさんもまた、必死なほどの弁明をしてくれた。初対面のときは、葬儀が進まぬあまり心身症になりかけていた。そこを救ってくれた青年を、自分は少しばかり孫に吹聴しただけ。いまどき、あんなに真面目で有能な青年はいない、結婚するならあの人にしなさい――。当の娘は「それでつい、その気になってしまって」といって頬を染めた。その様子は、とても可愛らしかった。
それから二十年がすぎた。