そこで川中氏は肩をすくめ、腕をくんだ。
「しかし我が一族には、そんな嘘に劣らぬ不可思議な性質がある。それが、あの死に様だよ」
茶色く干からびた死体が、まぶたの裏によみがえる。
「化学的な理由は知らん、分析する気もない。ただ太古の昔から、死とともに体内の水分は失せた。我らの特殊能力の、代償といえるかもしれん。ともあれ避けがたい事実ではあるが、奇異の目をされる謂れこそどこにもない、そうだろう?」
もはや頷くしかない。
「それなのに昨今の葬儀屋ときたら、どうだ。あれこれ詮索にうるさく、悲しむ暇もない。君は少しマシだったが、不審を持ち得たことだけは確かだ」
探るような目つきをされて、今度は背中に脂汗が滲んだ。事実だから、否定できない。
「そこで今更ながら、自前で葬儀店をつくってしまおうと思い立った。じつは先日の葬儀を君に頼んだのは、もっともそれらの手順を晒してくれそうだったからだ。しかも調べてみれば独り身で、両親は他界。たとえば、ここで行方不明になったとしても、より隠す苦労がない」
そんな言葉とともに、ひゅっ、と、風を切る音がした。いつの間にか川中氏の右手が、自分の喉にかかっていた。ついで、すさまじい力がこめられる。
「……ぐっ」
河童は怪力、それを信じたくなるほどの握力だ。苦しさに、身をよじることもできない。
「こんな話を聞いて、いまさら、逃げられるとは思っていないだろうね? 逃げたところで、指名手配されるだけだ。君のことは丁重に弔うと約束しよう。我らが最初に手がける葬儀として」
急速に、意識が遠くなるのを感じる。様々なことがチラチラと脳裏に浮かんでは消えた。両親の顔、学校の友達、片思いした少女、それから顧客と、様々な葬儀。
「……――」
もしかして父さんも。そんな憶測が浮かんだ。通り魔に襲われた父もまた、こうして誰かに始末されたのだろうか? 真面目な葬儀屋だったというだけで? だとしたら、なんて馬鹿々々しい家業なんだ。そう、呪いたくなった。
しかし、いまだ流れゆく家族との思い出は、ほとんどが葬儀と結ばれたものだった。僧侶の真似をすると、きまって怒る祖父。手に手を重ねて手ほどきしてくれる、温和な父。初めて任された接客、やり遂げたときに抱きしめられた喜び。それを誇らしげに語る祖母、安心したせいで気の抜けたような顔をする母。そのどれもが白黒で、線香の香りがして、それでも、とても温かなものだった。こんな風に育った自分に、はたして他の人生などあっただろうか?
「……は、ははははは! すごいな君は!」
突然、そんな声が耳にふれて、我に返った。同時に苦しさは消え、すぐそばで、川中氏が大笑いしていた。彼は、喉元から離した手を、まっすぐ背後の鏡にむけた。