「僕はいじめにあっています。殴られます、蹴られます、教室でおしっこを漏らして笑い者にもなりました。ここにいる人たちはみんな、そんな経験ないでしょう? だから見過ごせるんですよね? だから一緒になってできるんですよね? みんな人の痛みが分からないんですよね。そういう人たちは今まで痛みを経験しないで生きてこられた幸せな人たちなんでしょうね、でも……」
何も考えていなかった。けれど、雪崩のように僕の口からは人に対する、社会に対する不満が溢れ出てくる。その気持ちが抑えられなかった。
「もっと、もっと想像しろ!! 考えろ!! 人の痛みを、人の気持ちを、人という存在を!! 誰かの人生はお前らのもんじゃないんだよ! おもちゃじゃないんだよ!!」
叫んだだけで息切れを起こしたのは、これまでの人生であまり肺を使ってこなかったせいだろう。息切れとともに流れた汗と涙は、これまで僕が流せずにいた何かかもしれない。
「もういい」
静かな男の声が体育館に響いた。見ると校長がステージに上がってくる。けれどそれは校長の中に入ったサチだということは目に見て分かった。サチは僕からマイクを受け取ると大きく息を吸った。
「お前ら全員クビ!!!!」
校長に指をさされた教師たちは空いた口が塞がらない、そんな顔をしていた。
やがて1人の教師が拍手を始めた。つられるように1人の生徒、そして研修生の教員が拍手をした。3人の拍手が響く中、僕は倒れた。
竜は保健室に運ばれて行った。講演会がどうなったかは分からない。眠る竜を残してあたしは保健室を出た。
「チサ?」
歩いていると、聞き馴染みのある声に振り返った。そこに居たのは体育館で拍手をしていた研修生の教員だ。どうしてあたしの姿が見えるのだろう? 教員が走って近づいてくる。瞬間、あたしの脳内の記憶の“親友”の顔が蘇った。それはまさに、今目の前にいるこの教員だ。
「……アカネ?」
抱きしめられた体は人に戻ったかのように暖かくて、彼女の匂いも、何もかもがあの頃のままだった。泣きじゃくる彼女の背中にそっと手を回す。
「生きてて、良かった」
竜君の寝顔はなんだかとても心地よさそうで安心した。
「あの……」
声に振り返ると、そこにはさっき体育館で拍手をしていた男子生徒がいた。僕のことは見えないはずなのに、どうしてだか今僕は彼と目が合っている。その目はどこか僕に似ていて……。
「あ、」
思い出した。
「お兄ちゃんだ」
僕がそういうと、お兄ちゃんは驚いたように目を丸くした。
「コウタ……」
「あ、僕、幽霊になってお兄ちゃんのこと探してたんだ」
「……さっき、この人の隣にお前が一瞬見えたから……幻覚かと思ったけど、幽霊かよ」
お兄ちゃんは笑いながらポロポロと涙を流し始めた。僕は泣くお兄ちゃんの手を握った。
「大丈夫、僕は楽しくやってるよ」
拍手を始めた女性教師になんとなく懐かしさを感じたのはやはり間違いではなかったらしい。その彼女の後をつけると、彼女は突然廊下で泣き始めた。私は女性の肩にそっと手を置いた。