ケンジさんの会社の上司はパワハラがひどい人だったそうだ。標的がケンジさんに向かったのは、自分の喋り方と、コミュニケーション能力のせいだとケンジさんは言う。それでも、執拗に社員の前で怒鳴ったり書類で叩かれる毎日に嫌気がさしていた。だがケンジさんはどうしても会社を辞めることが出来なかった。それは結婚したばかりで奥さんが居たからだ。家計を支えなくてはいけないのに自分の勝手で辞めることはできない。自分が奥さんを養わなければ、と夫として、男として無理をしていたという。奥さんはボロボロになっていくケンジさんに休暇を進めたが、ケンジさんはそれを拒んだ。
「な、何もできないくせに、ぷ、プライドはあってね……」
上司に負けたくなかった。その強さが逆に上司を煽っていたという。指導ではなくいじめになって行く現状。ある時、若手の社員がミスを犯し会社にとんでもない損失を産むことになったという。ケンジさんはそれを肩代わりさせられた。上司がそう手回ししたのだ。ケンジさんは晒し者になった。謝罪に行き、罵倒もされた。
「や、役立たずって、こ、言葉が、一番……きてしまった」
気付いた時には公園の鉄棒にネクタイを括っていたという。汗か涙かわかならい物が溢れ出ていたそうだ。
「お、奥さんに、謝りたい……っ」
絞り出された声は切実で、僕は自分の寿命が彼らの未練を晴らす足しになるのならいくらでも差し出したい気分になった。
「……やってやりましょうよ」
僕の口から出たのは僕の決意だった。理不尽な人たちへの怒りを込めて、僕らは戦いに行くのだ。
ぞろぞろと体育館へ入って行く生徒たち。僕らは非常階段からのその様子を伺っていた。
「これ」
チサが僕に鉢巻を渡してきた。
「どうしたのこれ」
「体育館倉庫にあった。みんなでつけて行くの」
見るといつの間にか3人の頭に白い鉢巻が巻かれていた。
「鉢巻って精神統一の意味があるんだよ、知ってた?」
コウタ君が笑う。
「久しぶりだな、は、鉢巻」
照れ臭そうにケンジさんが鉢巻に触れた。
僕は鉢巻を頭にしっかりと巻きつける。
「よし、行こう!」
僕は雄叫びをあげながら体育館に入った。その場にいた全員が僕を見て、次第にクスクスと笑い出した。先生が「なんの真似だ」と顔をしかめて僕の腕を掴む。
「離せ!」
不思議と強くなれた気がした。他の人には見えないかもしれないけど、僕には3人の強い味方がいるのだ。僕はステージに向かって全力で走り出した。コウタ君がその場にいる人たち全員を金縛りにかける。僕はステージに上がった。ケンジさんの力でカウンセラーの手からマイクが離れる。僕はマイクを手に取った。
「誰かそいつを捕まえろ!」
金縛りが解けたのだろう。誰かが叫んだ。教師が動き出そうとする。
「動くな!!」
人生でこんなにも声を張り上げたのは初めてかもしれない。面白いくらいにその場にいる人たちがピタリと静止した。僕は大きく息を吸う。
「皆さんに、聞きます」
これは、鬼退治だ。
「いじめ防止講演会ってなんですか? これを機にいじめが無くなるとでも思っているんですか? 実際にあるいじめを阻止できないで、何言ってるんですか? バカなんですか?」
教師も生徒も呆然と僕を見ていた。