会いたい人との、次に会う約束――それは今の俺にとって唯一の支えだ。
気が付くと、明里は俺の顔を覗き込んでいた。
「お父さん、本気で恋してるんだね」
「いや、だから」
「人間、恋をすると孤独に気付くってね。安心して、また会ってあげるから」
「シェイクスピアはもういいよ」
「今のは私の言葉。次に会うときは良い話期待してるね」
今度こそ、明里は背を向けて帰っていった。
「あと、娘に財布渡すならラブホの会員カードは抜いときなよ」
強烈な捨て台詞を残して。
溶けていく。
ゆっくりと溶けていく。
俺も彼女もそれ以外も、すべての境界はなくなって夜に溶ける。
目を開けているのか閉じているのかも分からない。
「あの」
なぜだか、明里のかき回すティースプーンが思い浮かんだ。
このまま夜を撹拌すれば、すべてはひとつになるだろう。
俺が失ったものも、すべて――。
「大丈夫ですか」
「あ……すみません」
ミズキさんの声で、慌ててベッドサイドの照明スイッチを入れる。オレンジの明かりに照らされて、ミズキさんの不安そうな顔が浮かび上がった。
「もしかして、体調悪いですか?」
「ちょっとぼうっとしていただけです。今日もありがとうございました」
「いえ……あ、お時間ですね」
時計を見ると、すでにタイムリミットの六十分を過ぎていた。いつものように話を聞くのは無理そうだ。
「延長なさいますか?」
「いえ、大丈夫です」
言って、少し突き放した言い方になってしまったことを後悔する。そうですか、といって服を直し始めたミズキさんに声を掛ける。
「あの、ミズキさん」
「はい?」
別に気にしている様子もないその顔に、少しだけ勇気をもらえた。
「よろしければ、少し歩きませんか?」
いわゆるネオン街とは少し違うものの、色とりどりの看板が駅までの道を照らし出している。金曜日の夜とあって、大通りへ出ると人が溢れていた。