小説

『踊る双子の姫と踊らない僕』和泉ミチ(『おどる12人のおひめさま』)

 薄暗い階段を降りると、またドアがあった。今度のドアは、畳半畳ほどの小さな引き戸型のドアだった。一旦座ってくぐらないと通れない。まるで、猫の散歩道のようだ。本当に彼女はここを通って、この先に行ったのだろうか?と疑問に思いながら、僕はそのドアを開けた。

 ドアを開けると、大音量のインド音楽が流れてきた。人の会話する声、はやし立てる声などが聞こえた。僕は、恐る恐るそのドアをくぐり、中に入った。

 ドアを潜り、僕は立ち上がった。空間は薄暗かった。目の前には丸いテーブルを囲み、フォークとナイフで食事をする人達がいた。テーブルの上には、赤いバラのアレンジメントが飾られ、白いローソクが立てられている。テーブルは5つあり、それぞれ5~6人が座っていた。客はみな、仮面を被り、正装をしていた。
 そして、前方にはステージがあった。ステージにも、蝋燭が立てられ、時折赤色のスポットライトがステージを照らしていた。
 ステージの真ん中には、天井から床までのポールが立てられ、そこで、女性が踊っていた。
 女性は、半裸のような姿で、黒色の透ける布を体に巻き付け、銀色に光るポールに体を添わせていた。
 女性が、ポールに体をあずけ、股を開いたり、腰を動かす度に、テーブルに座る仮面の紳士達が歓声を上げていた。

 目の前で何が起こっているのか理解できず、立ちすくんでいると、黒いスーツを着て、青いカクテルを運ぶ男に
「失礼ですが、ご予約のお客様ですか?」
と、話しかけられた。僕は恐る恐る
「ここはどこですか?」
と、その男に聞いた。
「どうやってここを?」
「知り合いがここに」
「お知り合いのお名前は?」
 僕は辺りを見渡し、彼女を探した。
 すると、ステージのほうから声がした。
「こっちよ!」
 ステージの女性は、ポールにつかまりながらバレエをするように、足を上にあげ、体をしならせた。
「彼女だ!」
と、僕は叫んでいた。
「マリアのお知り合いですか。ごゆっくり」
 黒服は、意味ありげに言うと、テーブルに青いカクテルを置き、去って行った。僕は、茫然としながら、彼女が踊る姿を見ていた。

 彼女が舞いながら、蝋燭の炎を吹き消し、曲が終わり、ステージは真っ暗になった。テーブルで食事をしていた紳士達は、言葉少なに消えて行った。
 テーブルの白い蝋燭だけが揺らめく空間。どっと疲れがきて、僕は思わず床に座り込んだ。
 ふわっとバラの香りが感じられ、横に見慣れたまっすぐに伸びた脚があった。
「ここまで来たのね?」
「あの、変なつもりじゃなくて…気づいていたんですか?」

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