小説

『踊る双子の姫と踊らない僕』和泉ミチ(『おどる12人のおひめさま』)

 暗闇の中、ぼんやりと浮かぶ彼女の踊る姿。一日の中心がそこにある感覚。

 その日、いつものように、帰路を歩いていた。だが、そろそろ、見えてくるはずの光が見えない。僕は彼女の姿を探した。
 すると、前方にTシャツ、ショートパンツ姿の彼女がいた。いつものバレエシューズではなく、サンダルを履いている彼女は、まるでどこか別人のようだった。
 ショートパンツから伸びる二本の脚は、踊るように歩みを進めている。
 気づくと、住宅地を抜け、駅の近くまで来ていた。
 僕は、専門学校に置いてある六法を取りに行こうと思った。
 彼女が、駅の改札にICカードをかざす。
 少し遅れて、僕も改札にICカードをかざした。
 ピッ、と音が鳴り改札が開く。

 隣の車両に乗り、彼女の後ろ姿を見ていた。
 まとめた髪のうなじの毛、まっすぐ伸びた脚。
 彼女は渋谷駅で降りた。ハチ公口で降り、スクランブル交差点を渡ると、人の流れと反対に歩いて行った。暗い高架下を潜りしばらく歩くと、大きな家が並ぶ住宅街が広がっていた。僕は、彼女に遅れないように、見つからないようにしながら、後をつけた。専門学校に六法を取りに行くという、口実は忘れてしまっていた。
 彼女の踊るようなその足並みに魅入られているうちに。

 赤いバラの生垣のある古い邸宅が見えた。
 家の周りはぐるりと赤いバラで囲まれている。
 大きな門扉の反対側に向かい歩いて行くと、バラの生垣が途切れている場所があり、立派な家に不釣り合いな、木のドアがあった。彼女は、そのドアを慣れた手つきで回し中に入って行った。
 僕は、バラの生垣の陰に隠れながら、あのドアの先を見てみたい、という欲求に駆られていた。僕は大きく息を吸い込んだ。夏の湿った空気にバラの香りが混ざった匂いがする。

 そっと近づき、そのドアを開けた。中は薄暗く、1本の蝋燭の炎だけが揺れていた。静まり返った空間に恐怖を感じ、しばらく身動きできなかった。
 目を凝らして見ると、数歩先に地下に続く階段があった。
 彼女がこの場所にいないということは、あの階段の下に降りて行ったということか。
 薄いレースのような光に包まれた空間で、バレエを踊る彼女の姿を思い出す。僕は、大きくため息をついた。

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