小説

『沈まない泥舟』渡辺鷹志(『かちかち山』)

 平田はがっかりしてため息をついた。
「まただめだったか……」
 応募した会社から来たのは、またもや「不採用」の連絡だった。

 平田は現在40歳の元銀行員。
 真面目で性格もよかったが、これといった能力もなく、世渡りが上手というわけでもなかったので、昇進もできずにずっと平社員のままだった。
 そのせいか、不景気のため会社がリストラを行った際に、真っ先にその対象となり、会社を辞めることになってしまった。
 リストラされた平田はしばらく途方に暮れていたが、ずっと落ち込んでいるわけにもいかず、次の仕事を見つけるためにハローワークに行った。求人情報を見て何社かに応募してみたが、年齢も若くなく、特別な資格や実績もない平田は、一社たりとも採用にならなかった。

 不採用の連絡を受けて落ち込んだまま家に帰ると、家のポストに一枚のチラシが入っていた。
 それは「まちの便利屋さん」という会社の求人募集のチラシだった。
 平田はチラシを見た。「便利屋さんって、家の掃除とか、家事代行なんかをやる仕事だったかな。でも、こういう会社は体力がないとできないから自分には無理だろうなあ」と思い、特に惹かれるものはなかったが、することもなかったのでチラシを少しだけ読んでみた。
 仕事内容の欄には「足腰が不自由な高齢者などの家の掃除や家事の代行、忙しい人のお墓参りの代行、日曜大工……まちの困っている人を助ける仕事をしています!」と書いてあった。「へえ、いろいろやっているんだな」と感心していると、下のほうに「生活資金の貸付」と書いてあった。「こんなこともやっているんだ。これなら銀行にいた自分にもできそうかな」と思い、少し興味が出てきてチラシをひと通り読んでみることにした。
「採用の条件は……年齢・経験不問。よし、問題なしだな」
 次の欄は給料についてだった。
「給料はそんなに高くはないだろう」とつぶやきながら、給料の欄を見た平田は驚いた。
「銀行員時代と同じ、いやもっと高いんじゃないか?」
 次に勤務時間や休日の欄に目を通した。これも文句のつけようがなく、充実した内容になっていた。
「まあ銀行に入るときも、求人情報上は勤務条件や福利厚生はよかったしな。でも、実際に勤めると、毎日遅くまでの残業や休日出勤は当たり前だったしなあ」

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