小説

『沈まない泥舟』渡辺鷹志(『かちかち山』)

 その次の欄を見た。「経験は不問ですが、仕事内容の欄に書いてある項目に関係する業務での経験がある場合は、給料等で優遇させていただきます」という箇所に目が止まった。
「銀行での経験もこれに入るよな?」
 この会社にだんだん興味を持った平田は、チラシの最後の欄を見た。そこには「まちの困っている人を助けたいという強い気持ちのある人、長く働ける人、特に歓迎」と書いてあった。
 銀行員時代に、お客さんのことなど全く考えずにただ数字を上げることだけを要求されてやりがいなど全く感じなかったことやリストラされたということを考えると、この「困っている人を助ける、長く働ける」という言葉は平田の心を動かした。
「勤務条件や福利厚生は鵜呑みにはできないけど、こんな会社で働けたらいいなあ」
 平田はこの会社に応募してみることにした。
 さっそくチラシにあった連絡先に連絡してみたところ、相手も丁寧に対応してくれて、すぐに面接の日程が決まった。電話の対応も誠実で感じもよかったので、平田はこの会社でぜひ働きたいと強く思った。
 数日後、平田は面接を受けた。面接をした人事部長(平田は人事部長と聞いて少し緊張した。)の対応もよく、緊張しながらもなんとかうまく受け答えすることができた。人事部長も元銀行員という肩書きに興味を持ったようで、面接の終わりには「ぜひ、平田さんのような人に来ていただきたい」と言っていた。平田は「社交辞令だろうが、こんなふうに言われるのは悪くないな」と思っていた。
 数日後、採用の結果が届いた。ドキドキしながら封筒を開けて中身を見ると、そこには「採用」と書いてあった。平田は大喜びした。

 初出社の日が来た。
 平田は少し緊張しながら会社に行った。平田が配属になったのは「資金援助課」という部署だった。
 仕事内容は「生活費等のお金に困っているお客さんにお金を援助する」となっていたが、要するに「お金を貸し付ける」ということだった。
 平田の仕事は、窓口で貸し付けの申し込みを受け付けることだった。
 貸し付ける金額は少額で、10万円とか20万円というのが多かった。
 また、貸し付けの審査は本当に形式的なものだった。一応、そういった業務を行う際の規定にのっとったものにはなっていたが、銀行の融資はもちろん消費者金融と比べてもはるかに緩いものだった。他に借金があっても収入が充分になくてもほぼ全員が希望額を借りることができた。平田はこの緩い審査に最初は驚いたが、「まあ少額だしいいのかな」と納得することにした。

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