小説

『草笛の庭』倉吉杜季(『おくのほそ道』)

 これはどこにでも転がっているよくある話だ。すべてを失った愚かな男の、よくある、ここはそんな哀れな夢の跡地だ。
 残ったものなど何もない。ただひたむきに夢に向かって生き、そして破れた馬鹿な男がこの時代にひとり居ただけだ。

 さわさわと葉を揺らす風の音に紛れて、草むらをかき分け踏みしめるようなかすかな音が近づいてくる。
 男がゆっくりと音のする方に目を向けると、見覚えのないひとりの青年がこちらへと歩んできていた。
「……昔、この辺りにはゲートへと続く花壇がありましたね。煉瓦造りの植え込みに季節ごとの鮮やかな花が咲き乱れていて、入り口から、まるで童話の世界のようだった」
 やって来た青年は知り合いにでも話しかけるように親しげな口調でそう言いながら、男よりも少し右側にある、同じく取り残されたように積んであった煉瓦の残骸に腰を下ろした。
「門をくぐるとすぐに、クライミングローズとノウゼンカズラで彩られたアーチがあるんです。そこを抜けると壁にアイビーが伝うショップがずらりと並んでいて、その先の広場には中央に大きな噴水が、それを取り囲むようにイングリッシュガーデンが広がっていた。左の方に行くと温室のようだった熱帯雨林ゾーンへと繋がっていて、右の方に行けば花をモチーフにしたメリーゴーランドがあった」
「……この場所のことを知っているのか」
「ええ、よく知っていますとも」
 青年は人懐こい笑みを向けて男の方を見た。男は目を逸らし、草むらの方を向いた。
「今はもう廃墟すら残っちゃいないがな。空っぽだ。ここは何もないただの空き地だ」
 男は呟くように言ったが、青年は構わずに言葉を続けた。
「あと、ここにはいわゆる、ゆるキャラもいましたよね。そう確か、エバーグリーンから取ったという……」
「エバリン。あれは緑の妖精のイメージで私が考えたんだ。ちっともゆるくないだとか、あんまり可愛くないだなんて初めは揶揄されたりもしたけれどね」
「だけど僕はエバリンが好きでしたよ。常緑樹にあやかったんでしたよね。常緑樹のようにこの地もまた、いつまでも瑞々しく、青々と続くようにと」
 青年がそう言うと男は俯いた。
「……そんな願いなんて届きやしない。いつまでも続くものなんてないんだ。結局そんなものなんだよ。もう何もなくなったんだ」
「ありますよ、ここにはまだ」
 そんな言葉も、男には気安い慰めにしか聞こえなかった。
「何があるっていうんだ。ここはただの草っぱらだ。何も残っちゃいない、ただの愚かな夢の跡だよ」

「──あ、この葉っぱ、確か音が鳴るやつですよね」

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