小説

『リサーチ』佐々木順子(『いなばのしろうさぎ』)

 八百がふんって鼻を鳴らして頷く。名前ぐらい言えるって。
「因幡です」
「殴られたんだよ。延べ棒で。いや、延べ棒もどき。まったく、殴ったとこから金箔剥げてちゃどうしようもねえよなあ。まああれは証拠物件ってことで署のほうで預かっているけどね」
「き、金箔う! まさか、だってあんなに大切に扱えって、傷付けるなよって散々言われていたんですよお」
金塊が偽物だったと知っていたことは隠して被害者面を決め込むしかない。
「そりゃあ殴るのに使えば剥げるんですから、丁寧に扱うように注意するでしょうね。あんなもので殴られるなんて災難でした。打ち所が悪ければ命に係わる怪我をしていたかもしれませんよ」
 大国さんは気の毒そうにそう言った。
 傷口をこねくり回されるように八百の尋問(あくまでも事情聴取だって言われたけれど)が続く。俺はなんにも知りませんと答えるしかない。
 社長は詐欺師だった。ない金塊を売って金を騙し取っていたんだ。見せ金と称して俺たちセールスマンに持たせていた金塊モドキは、もともと美術品なんかのレプリカを作る職人に借金をこさえさせて脅して作らせたのだとか。脅された元職人もびくびくしていたから、案外早く聞きだしておいた話だったけれど。だいたい入社(潜入)したての俺にペラペラしゃべるなんてお粗末だよね。もっとも、そのレプリカを本物と信じ込み、大切に捧げ持ってセールスに精を出していたセールスマンたちのほうがお粗末か。おまけに俺なんかその偽物で殴られてるし。
 俺たちセールスマンも詐欺と知っていて売っていただろうって散々責められたけれども、安い給料と出来高に応じて微々たる上乗せがあるだけという情けない事実は、共犯者説を黙らせるぐらいの効果はあるんじゃないかな。顧客から預かった金の送金先は、ほとんど海外の金融機関の社長の奥さん名義の口座。わかりやすいよね。だから、ただのセールスマンのほとんどは騙されて働いていただけだと思うよ。たぶんもう少ししたら、ちゃんと上のほうから下っ端社員は放っておけって指示が出るはずだ。特に入社間もないやつ(もちろん俺)。それまでの間はちゃんと仕事をする。もちろんこんなことになる前にネットと足を使って情報収集もした。金の流れは人の性格を判断するには大切な情報だからね。大国さんは金銭面も交友関係もクリーン。八百はパチンコ、スロット、競馬も大好き。儲けが出たらキャバクラへ。八百が怪我した肩や頭を揺すったときも、大国さんは結構庇ってくれて助かった。自白を引き出すためのいい警官と悪い警官の役というわけでもないらしい。公平っていうか、理不尽じゃないっていうか、とにかく、こういう人が出世して不届きものの警察官たちを束ねてくれれば世の中もっと住みやすくなるってもんだよ。八百からは最後に「次に仕事を探すときはまともなところを選べよ」なんて嫌味も言われたし。
 だからさ、ちゃんと報告書に挙げといた。大国巡査はなかなかな人物ですって。そのあとはとんとん拍子。大国巡査は目出度く刑事部長の娘婿に決まり階級も一個上がって巡査長。そのうち巡査部長になるだろうって噂だ。まあ、もともと仕事ができる男だったらしいけど、警察社会ってのは後ろ盾がないとできる奴ほど嫌われて潰されることもあるっていうからね。これからは刑事部長の身内ということで、うまく出世できるだろう。

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