小説

『リサーチ』佐々木順子(『いなばのしろうさぎ』)

――騙しているなんて言わないでほしい。仕事にはそれぞれコツがあるわけで、うちの場合はね、はっきり言わなくとも相手がなんとなく誤解して納得してくれるというのが一番理想的なんだ。他人の欲は金になる。ちょっとばかり自尊心をくすぐってやって、ちょっとばかりもっともらしいことを言えばいい。もし一時期値下がりしても下がったときに購入者が増えてすぐ値上がりするのが普通だなんて曖昧でいいかげんな儲け話に、大抵のひとが乗ってくるものだ――
 採用されたばかりの俺に、社長は人当たりのいい笑顔を浮かべてそんなふうに仕事の仕方を説明してくれた。
「私はただの使いっ走りのようなものですけれども、あなたほどの人なら見わけがつくでしょう? 本当は見本なので置いていけないのですけれど、どうせあとで本物をお渡しするのですから、こちらも信用して先にこれだけお渡しすることもできます。残りはもちろんご契約いただいた後に、ご希望のときにご希望の分だけ現物をお持ちしてもいいですし、お預かりしておいて代わりに転売してから売上金のほうをお持ちしても構いません」
 社長の話を思い出しながらマニュアル通りに笑顔を浮かべる。鮫島さんは、ふんふんと相槌を打ちながら差し出された金塊に手を伸ばした。ここからが肝心。
「ただ正直、自宅にこういう高価なものを保管しておくのも物騒ですからね。今日だってなるべく目立たないような車でお邪魔させていただいていますけれど、うちの会社の車かどうか下調べしていて狙う不届きものがいないとは限りません。だから、手元に現物を置かれる方は少ないんですよ」
 鑑定士気取りで金塊を手に取り眺めまわしていた鮫島さんが、動きを止めてきょろきょろとあたりを見回している。
「えーっと、もし、これが盗まれたら誰の損害になるのかな?」
 不安そうな声だ。よし、よし。
「私どもでお預かりしてあるものはもちろんこちらで責任を持って保証させていただきますので私どもの損害です。しかし、現物をお客様が保管中に不幸にも、ということになれば残念ながらこちらで補填できるものはほぼゼロでしょう。まあお見舞い金程度ということになると思います。別口で紹介できる保険もございますが、掛け金もそれなりに高額になる場合がございますよ」
「そうだよねえ」
「もし、興味がなければ無理強いはいたしません。ただ、物もないのにあるふりをしてお金だけ預かるような詐欺まがいの商売ではありませんから、確実に入手できる金塊のみ販売しているということをわかっていただきたいのです。つまり、数に限りがございます。ああ、いけない。もうこんな時間だ。実はこれから別に約束もございまして、そろそろおいとましないといけません。申し訳ございませんが、必要なときにまたお声がけくださると助かります。その時点で在庫がありましたら契約に伺いますので。では」
 鮫島さんの目の前に金塊を包んでいたクロスを広げてにこやかに返却を促す。長居して説得するなんて時間の無駄。無理矢理じゃなくって相手から言わせなくっちゃ。買いますって。

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