小説

『デーモン笹ケ瀬の左眼の世界は』もりまりこ(『桃太郎』)

 桃山台駅で降りる。シースルーエレベーターで直行しようと思ったけれど、その前に明日終わってしまうらしい移動式カフェ<マンダリン>に寄って、最後のテイクアウトをしようかと思う。こういうのを良心っていうのか、社交っていうのかよくわからん。けれど。今までありがとうおいしかった的な会話を頭ん中でシミュレーションして、なるべく気持ちよく誰からも阻害されることのないシチュエーションをこしらえてから会社のデスクに向かうのが一番いいと。まぁ儀式みたいもの。でも、こういう日に限ってみしった店員がだれひとりそこにいなくて、知らない店員にマンダリンスペシャルをオーダーして、言葉も交わせずにそこを後にした。

 会社からラインが入る。めんどくさって思いながらその文面を読んでると、今日はちがうフロア4Fに来てほしいと書いてあって、すぐにレス。
 とぼとぼと足取り重く、4Fを目指す。っていうか関係者エレベーターにも、ちっちゃすぎるわっていうぐらいに<4F>って記されてあって、なんか隔離された場所にあったことを入社以来はじめて知る。
 扉が開くと、赤い絨毯が敷き詰められてる。扉にIDカードをするっとかざすと、人工的な声でお入りくださいって聞こえて扉が開く。開けた途端、ここってシチュエーションルーム? ってなぐらいなんかいやな予感。静かすぎる、広すぎるフロアに背の高い男の人がひとり立ってる。誰? 見たことない人。
 しゅっとしてはる。ゼニアっぽいスーツにアルマーニっぽいネクタイに、グッチっぽいキャメル色の靴はいてはる。
 おかけくださいの声と同時に机の上に、出来立ての湯気もわもわのコーヒーが運ばれてきてなにがはじまるのかなって思ってたら、目の前のスクリーンに映像が写しだされる。よく見知った人やって思ってたらじぶんやった。え? これって、面接の時の俺? じぶんのキャッチフレーズをどうぞって言われて四苦八苦して、<明日は星がでているなんて期待はするな>です。過度な期待と不安を抱かずにフラットでいたいという日々平常心でありたいというか・・・。みんなが笑ってる。せせら笑うてる。面接官がなんか書き留めてる。あ、落ちたわここって思った瞬間、でこから汗水滝のように流れでてる俺。そんで、次のシーン。これって社内レクリエーションでやった<マシュマロチャレンジ>の時?
 20本のパスタと40センチのテープとマシュマロで、できるだけ高い塔をつくって競い合うっていうあれ。Tedで人気なのよって上司の高木がうれしそうに言ってた、ねちねちした声を思い出す。できる神澤くんに1本ずつパスタを渡して、ちょっといらついた顔されて。あとラス前何分? って切れ長の瞳で訊ねられて、神澤くんめっちゃおっとこまえあわあわわって、10分ですって丁稚オーラ満開で応えてる俺。次から次へと映像がスイッチしてゆく。その他プレゼンの時にしどろもどろな俺とか。もうその映像止めてって思ってたら、第2のハロウィン企画についての提案が、だめだめだったらしく、なにもかも雲散霧消してしまえと腹をたて上司に言い放たれた言葉<それは君の口から百万回聞きました>にむっときて、あんた関西のキオスクのおばちゃんかって心ん中でつっこんで、席を立った時、座っていた高木の回転椅子をとんがった革靴の右足で蹴っ飛ばしたら俺の予想以上に回ってしもってやつがえ? って言う顔しながら一回転半したときのもので終わってた。

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