小説

『このバンドには名前がない』平大典(『ブレーメンの音楽隊』)

 深夜一時、僕の住むアパートの一室。
 僕には非がないのにも関わらず、四畳半の畳の上で、三人のバンド仲間を前に正座をしていた。ベース担当の鳥居くん、女性ボーカルの猫田さん、ドラム担当のロバートさん、全員が険しい顔をしている。
 非がないという部分を、正確に言えば、『僕たち全員』に非があって、困ったことになっている。もっと言えば、一番の被害者であるのは僕なのに、僕が正座しているというマザーファッカー状態である。勘弁してくれ。
「戌井さん」鳥居君は眼鏡を直しつつ、震えた声を出した。「この部屋を追い出されるって本当?」
「残念だけど、これっきりだ」
「……どうして?」小動物系女子の猫田さんが座布団を指でいじりつつ、消え入りそうな声を出した。
「そりゃそうでしょ」つい、声が大きくなる。「毎晩毎晩バンド練習をこの部屋でやってりゃあ、苦情だらけで大家さんは大激怒だよ。部屋に入るとき、見たでしょ。扉に『うるさい!』って張り紙もされてんの」
「だよなァ」ぶっとい腕を組んだロバートさんは気楽にあっけらかんとしている。「ま、俺たち全員悪い的なノリの、感じだよネ。足は崩せよ、戌井氏」
 そもそも、金がないのが原因である。
 そりゃあスタジオでも借りて練習すればいいのだが、鳥居君と猫田さんは貧乏学生カップル、ロバートさんは東欧出身の不法滞在者のヒモで本名不明だ。僕も僕とて、コンビニのアルバイトでその日暮らしの三十路男性である。
というわけで、なんとなく僕の家で集まって練習することになっていき、鳥居君と猫田さんは借金取りに奪われるからと憧れのレッチリのフリーと同じベースギターを、ロバートさんは彼女に破壊されるからとドラムセットを、それぞれこの部屋に置いてある。
 四畳半の部屋は元より狭いが、楽器で更に狭いという状態だ。
 まあ、金がないので、ハコを借りてライブもできず、いつまでたっても練習しているだけである。一度も舞台に上がったことがない。猫田さんが書く歌詞も支離滅裂で意味不明だし、鳥居君のテクニックはシド・ビシャスレベルだ。
「明日までに出て行けって大家さんが言っているんだよ」
「残念だネ」ロバートさんが感慨深く頷く。「我ら、エーと、……バンド名なんだったっけ? まあ、ともかく今日でバンド解散ですネ。戌井氏、ガンバったのにね、残念だネ」
 ギターでそのお気楽な頭を叩き割ってやりたい。
「ロバートさん、名前は決めてないですよ」鳥居君が眼鏡を直す。「候補名は、『ラジオ頭』に『寝る花』、『ミュー2』。……どれもよかったよな」
 全部お前が考えたパチモンネームじゃねえか、眼鏡割るぞ。
「明日からどうしよう。……もう、生きていく気力がないよォ」猫田さんが泣きそうな声を出す。「音楽をとったら死ぬしかないんだ、私たち」

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