小説

『このバンドには名前がない』平大典(『ブレーメンの音楽隊』)

 間違っても死ぬ事態ではない。
 全員で溜息を吐いた。

 
「そうだ!」沈黙を破って明るい声を出したのは、猫田さんだった。「どうせ、最後なんだし、セッションしよっ」
「いや、深夜だ……」言いかけたところで、
「猫田氏、サイコーだね、その発想」ロバートさんが相槌を打つ。「火事場の馬鹿力だヨ」
「心に刻んでみせるよ」鳥居君は既にベースを構え始めている。
 僕は気づく。こいつら、ハナっからその腹積もりだったな。
「いやだ。みんな、帰ってくれ」
 僕が拒否すると、潮が引くように全員の目から生気が抜けていった。そして、何も言わない。
「そもそも、人の家で音楽やるとか、おかしいでしょ。バンドを本気でやりたいんだったら、きちんとお金貯める計画立てるとかさ、そういうことからキッチリやるべきじゃないの」
 猫田さんと鳥居さんは既に涙を浮かべている。ロバートさんは、大柄な体を小さく縮ませてショボンとしている。
「いつもいつもさ、そうやってライブに出るお金の相談をすると、死んだような顔になって無言になってさ。みんな、今日は僕だって本気だよ」
「戌井氏、チガうよ!」ロバートさんが力いっぱい叫んだ。「ボクは、みんなと音楽やっていればサ、満足なんだヨ! 場所なんかどこでもいいんだヨ!」
「そうだよ!」猫田さんと鳥居君も同時に声を出す。
 ロバートさんは続ける。「戌井氏は、目先のことしかわかってないネ。愛がないんだよ、だから、女にモテないの。初めて会った居酒屋で、彼女欲しいからバンド始める、って言っていたあの時の戌井氏の情熱は、どこに行っちゃったの! 戌井氏こそ、初志貫徹してよ!」
「ちゃんとしてって言われても……」
「戌井氏はまともなフリすればモテるって勘違いしているネ。戌井氏なんかどっちでもいいんだよ! 結局モテないんだよ! ちょっと頑張れば、『モテキ』みたいな展開が自分にもあるかもって、それ勘違いだヨ。バンドで突き抜けるしかないヨ!」
 途中から、ただの悪口な気がする。
「実は……」猫田さんが呟く。「わたしの友達、紹介できそうなんだけどなァ。……戌井さんの写真見せたら、格好いいって言っていたし。ね、鳥居」
「ああ、あの後輩の子か。めちゃかわいいもんな。原宿でよくスカウトされるみたいだしね、いいなあ、戌井さん」
「なに」まずい、心が揺れている。「その子は、その、……写真とかって」

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