小説

『デーモン笹ケ瀬の左眼の世界は』もりまりこ(『桃太郎』)

 これって社員を盗撮してたのかなって疑問ありありで彼の顔を見る。彼ってつまり誰? 名刺はお渡しできませんが、トニー鬼塚といいます。つまり彼はリストラ宣告人であった。会社っちゅうところはほんまに上は、心痛めることもなく人をばんばん切って行きよる。
 つまりクビですね。と俺は口を開く。
 彼は、イエスとは言わずに視線をスクリーンに寄せる。上司の高木が回転椅子に回らされているあのシーンのまま終わってる。顔もゆがんだままで。
 ちょっとざまぁみさらせや。
「ぼくはあなたのようなひとすきですよ」
 だからそういう話やないねん。いちおうこんな俺でも結婚してるからね、ふたりのサラリーがないと喰っていかれへんわけ。ほんまに。
「あのことばすきだな。明日も星がでていると思わない方がいいっていうあなたの惹句。とてもすてきですよ。そうなんですよじんせいは、明日も続きますから。それでいいんですよ」
「それでいいとは?」
「いまあなたの鞄の中はからっぽかもしれない。でもね、それってまだまだなにかで埋められるかもしれないってことですから。未来は明るいですよ。犬雉桃太さん」
 え? もうこんなときフルネームやめて。
 トニー鬼塚は微笑んでる。俺が椅子から立ってそこを後にしようとしたら、あ、お待ちくださいって鬼塚の声。呆然としていたら、とつぜんシースルーの筒から、逆ダストシュートみたいに俺の会社のロッカーに入れてあった備品とかが白い段ボールにパッケージングされて戻って来た。
 いまのリストラってこんなんやったんやって。ショックを通り越してなんか次元の違う世界に踏み込んだみたいになって。元いた部署の人間の顔を見ることもなく、そこからずらかる。もう2度とこないオフィスの出口。いつもより発電床の上に長いこと、立ってみる。なんの意味もないんだけれど。ほんの暫し資源エネルギーに思いを馳せ立った。さっきまで余裕でカフェのテイクアウトしてたじぶんにあほかっていってあげたい。終わったんはあんたなんやでって。来た道をとぼとぼ帰ってたら、急にラインが入った。なんとはなしにさすがに高木かと思ったら違ってた。挨拶なしかい。挨拶されたいわけやないけど。
 妻のキビからだった。
<すっごい高い桃がくいたい。桃こうてきて>
 あほか。俺はリストラされたんやぞ。といえるわけもなく。<高い桃って?>って。<だから春日局のもも。きらきら>かすがのつぼねのきらきらってなに?って指でつぶやけずに生返事のレスする。
 で、知らないデパ地下の果物屋に行く。誰かが病気になったときとかの贈答用の果物屋で<春日局のもも>を買ったった。きらきらってなんやろうって思ったら等級のことで。キビがええ加減にいうてる思ってたら、なめた名前の等級が桃にはついてるらしい。きらきらいうふざけた名前すら持てないリストラされた男に、桃はきつかった。

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