小説

『キノッピオ』もりまりこ(『ピノキオ』)

 じぇぺっとさんが映画を観てる。父親と庭でじゃれている男の子。
 ちいさな赤いおもちゃの車を芝生の庭で乗りながら、楽しくてしくて仕方ないって感じで、けらけらしている。
 写真を撮っているのは、おかあさんらしき人。
 きみもいっしょにっておとうさんに促されて、そのおかあさんはじぶんは、いいわぁちょっとやめてふふふみたいなジェスチャーをしながら、写真には入ろうとしないその姿が、むかしの8ミリフィルムの中におさめられている。アメリカかどこかの映画かな。たぶんおかあさんもおとうさんも若くて。なつかしい日々っぽいの。
 誰の声も聞こえないけれど、みんなの表情からたぶんあたたかい、笑い声さえ聞こえてきそう。しあわせな家族が描かれていると観ているひとは安心するのかな?けれど、ぼくはそうじゃない。そわそわする。眠れなくなる。
 ぼく、キノッピオ。
 ちょっとむかしばなしに似てる名前だけど、気にしないで。

 ドアのすみから、じぇぺっとさんをみている。灯りをつけない液晶画面からの映像のひかりしか光源がないから、ときどきじぇぺっとさんの顔にふしぎな光が差す。だからじぇぺっとさんがどんな顔してるのかよくわからなくなるけれど、たぶん、痛いもの見たさに違いない。
 おじいさんもずっとひとりだったらしい。いわゆるチチがいてハハがいてみたいな構成メンバーに恵まれたことはなくって。だからぼくを養子にしてくれた。っていうか、じぇぺっとさんがぼくをこしらえた。
 ちいさいとき、ぼくはじぇぺっとに名前をつけてもらった。
「ピノって呼ぶか。ピノキオだから」
 ぼくはその声を聞いてうんってうなづく。
「キノでいいよ。キノッピオなんでしょぼく」
 じぇぺっとが、思いっきり奥歯の銀歯を見せてわらってくれた。ひとがわらってるって、すきだな。
「キノか。キノでもいいか。キノッピオだよ、今日からおまえは」
 そういうと頭をくしゃくしゃになるぐらい撫でてくれた。じわっと頭のてっぺんが熱くなった。愛情って、よくわからないけれどこういう温度? 
 いつだったかお正月、お寺の赤い布の敷いてあるベンチみたいなところであたたかくて白くて甘いつぶつぶのあるお酒みたいなものをのませてくれた時を思い出す。
 ほんとはお酒ではなかったんだけど、ここちいいあたたかさだった。
「ぼくすきだよこれ、あざまけ」
 のぼりみたいなものにそう書いてあったからひらがなで。それを読んだんだ。
 じぇぺっとがわらった。ぼうず、これはね甘酒っていうの。いってごらん、あまざけって。

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