小説

『キノッピオ』もりまりこ(『ピノキオ』)

「あざまけ」
「いいよいいよ。おまえのすきなのは、これ。あざまけでいい」
 その後おじいちゃんは言った。「キノは、あれだなアナグラムが好きなんだなって。よくわからなかったけど。アナなんとかって、ぼくみたいにことばをぐっちゃぐちゃにして並べ替えることらしい。 

 じぇぺっとがふりかえる。ぼくの気配に気づいてくれたおじいちゃんは、なんだか申し訳なさそうに謝った。
 どうして? そうなの?いつも家族仲良くみたいなシーンを見ている時じぇぺっとさんは申し訳なさそうにする。なぜに?
 ぼくはけっこう、へいきなんだよ。だってそれはさ、家族を知っているひとがいなくなったら大変だけど。キノは最初っからひとりだったし、じぇぺっとさんしかいなかったから。家族のことはどうでもいいんだ、そんなに気にしないでって言いたいんだけど言えない。

「また、眠れないのかい?」
「うん、そんなとこ。映画おもしろかった?」
「そうだな。ところでいつからそこにいた?」
「えっとちょっと前。顔にブルーライトが当たってたところ?あの男の人が、なんかずっと文字をかいていたパソコンで」
「キノ。ねむりなさい。ソファでいいからじぇぺおじさんの膝の上で眠るといいよ」
 ぼくはおじいさんの膝の上で眠った。ほのかな体温。これが愛情ってこと?
 ぼくは眠くなるちょっと前に聞いたんだ。で、どんな映画だったの? って。
「人は過去をどう記憶しているかで変わる。すべてを受け入れるために記憶をすり替えることがあるってことだよ」とも言ったし、「感情と記憶のうねりがうずまくようで。少年の記憶はほんとうにメビウスの輪のようで。ひとはいかにして、じぶんの記憶にうそをついてるかって感じでつきつけられたさ」
 難しい話をしてくれるとぼくはすぐ眠くなる。いちばんの睡眠薬だから、ぼくはじぇぺっとさんのややこしいおとなの話を聞くのが好きだ。もうすぐ僕の誕生日がやってくる。作業の手を止めて、じぇぺっとさんが腰あたりがおがくずだらけの前掛けで手を拭きながら聞いてきた。
「欲しいものリストを書いておきなさい」
 ぼくはよくわからなくて、そういうの苦手だなって思ってそのままシカトしていたらじぇぺっとさんは、いいよいいよ考えなくておまえは。おじいちゃんほんとうは、もう考えてあるんだってうれしそうに言った。なあんだ。ぼくの欲望にはじぇぺっとさんは、いつだって期待してないんだ。それはそれでたすかるよ。
「なに?なになに」
 なにかをほしがってるふうにたたみかけると、それは内緒だよ。その日になるまでのお楽しみだから、待ってなさいってまた頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。待ってみる。

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