小説

『キノッピオ』もりまりこ(『ピノキオ』)

 幼稚園のみんなと遠足に行った。山道の途中で腰掛けられるほどの切り株に、出会った。そわそわした。そこには、うずまきのような線があった。
 桂子先生はあれはねんりんって言うのよっておしえてくれた。ほら、キノ君の手の甲にも腕にもうっすらとみえてるでしょ。って耳元でささやく。
 先生は、ぼくのしゅっせいのひみつをうっすらしっているらしい。
 聞いていないのに桂子先生はいつも先走って教えてくれる。
 先走って教える人を先生っていうんだな。
 ぼくはあのうずのようなかたちが、いつもふしぎだった。それにとってもなんていうか。幼稚園生がいうとおかしいかな? なつかしかった。これほんと。
 それはね、木がすこしずつ積み重ねてきた記憶なのよ。
 また記憶の話。だからぼくには記憶なんてないんだって。
 桂子先生は為になること子供に教えてるって感じなんだろうか。ちょっと得意げだった。
 ふとみると桂子先生の首筋がちいさくぽちっと赤かった。
 ぼくはだまって、そこめがけてゆびをさした。首の皮膚はちょっと弾んだ。
 急にびっくりしたみたいに桂子先生は、キノ君びっくりするわって言いながら、鞄の中からミラーをあわてて取り出して確認する。
 これはね、昨日蚊に咬まれたのよ。季節外れの蚊がいたのって聞いてないのに、しゃべりはじめた。先生の鼻をよくみると、それがみるみるうちに縮んでゆくのがわかった。先生は嘘をついている。ほんとうの理由はわからないけど、嘘だっていうことだけはわかった。ぼくは生まれた時、ひとが嘘をつくときにその人の鼻が縮むことをみる視力を授かってしまったから。わかるんだ。
 ちかくの市場でも、今日が一番安いんですよって果物屋さんのおじさんの鼻もちょっと縮んだし、だからごめんなさいもうしませんってお父さんを見上げて泣いてたぼくよりすこしだけ年上の男の子の鼻もそうだったし。あと、ここでしか売ってないコオロギですよって言ってるペットショップお兄さんの鼻も縮んでた。
 いやぁ、エモい。うちらこれなしでは生きてけないって、制服のおねえさんたちが叫んでた。これってなにって思ったら、耳にあてはめられたまるくて黒いワイヤレスイヤフォン抑えてとろけそうな瞳だったけれど、やっぱりおねえさんたちの鼻もちぢんでた。
 みんなそうやってふつうに嘘をつくんだ。あの話みたいに嘘つくたびに鼻が長くなったら、みんなころしあいがはじまるよ。ほんとうばっかりじゃ生きていけないんだよね、たぶん。でもね、これってほんとうはぼくが嘘をつくと鼻が延びるように、設計したつもりだったのに、じぇぺっとじいさんがどういうわけか失敗してしまったんだって。
 設計ミスって、いつだってだれにだっておこるよね。

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