小説

『リサーチ』佐々木順子(『いなばのしろうさぎ』)

「あ、ああ。いや、いいんだ、もちろん。これは返すっていうか、置いてってもらわなくとも。ほら物騒だから。預かってってもらえるかな。所有者は、その、私、ということで。契約するぐらいの時間はあるだろう」
 はい。ご成約ありがとうございます。なるほどねえ。ちょっと勉強になったかも。
 いや、いや、ご成約って売っちゃ駄目だろう。でもなんか話が進んじゃってるし、でもまあいいか。とりあえず指示通り、手口、もとい、手順を確認したということで。申し込みのことはあとでどうとでもなるだろう。たしかに嘘吐いたり騙したりはしてないよね。それはまあ、少しばかり話を盛っちゃったかもしれないけれど、セールスなんて多かれ少なかれ悪い話が目立たなくなるようにうまい話を並べるのが普通でしょ? あとのことは偉い人に任せるということで。
 俺が思ったより早い会社の崩壊を知ったのは、鮫島さんが契約書にサインをしているときだった。点けっぱなしになっていた(どういうわけかこの家では来客中でもいつもテレビが点いている)テレビの中心に見慣れた男が映っている。社長だ。
 俺の視線がテレビの画面に引きつけられたのとほぼ同時に鮫島さんも手を止めて振り返った。なんてったって自分が今まさに大金をはたいて危ない橋を渡ろうとしているときに、その契約書にでかでかと印刷してある社名がメディアで取り上げられているのだから、振り向かないわけがない。
「あれって、あんたんとこの会社、だよね。なんだろうね、逮捕? うん? 詐欺?」
「で、ですよね。でも、なんかきっと間違いっすよ。帰って確認しないと。いや、たぶん、とにかく、なんにも聞いてないし」
 自分でも酷い言葉遣いになっているのはわかっているけれど、予想外に早い展開だったから焦った。ほんとにこんなやり方で物が売れるものなのか実践して確認してこいって指示があったばっかりなのに。俺を見捨てるのか? そしてひとは慌てるとおかしな行動に出る。咄嗟に手を伸ばした金塊(証拠品)に鮫島さんも手を伸ばしていて、いつの間にか引っ張り合いになっていた。詐欺だ泥棒だと罵られながら殴られて蹴られて、騒ぎに気付いた近所の人が通報したのだろう。いつの間にか救急車に乗せられていた。
 そして、現在病院のベッドの上で事情聴取を受けている真っ最中。目の前の二人を見て納得。なるほど、さてはこのための実践だったのか。
「具合はどうですか?」
 この若いほうが大国さんか。巡査だったな。
「はあ」
「状況わかってる? えっと、まず名前は?」
 押しのけるように八百ってほうが割り込んできた。二人の年齢は二歳。それでも警察社会には年功序列の壁は消えないようだ。
「名前……俺、いや、私のですか?」

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