小説

『みせもの』ひろくん(『鶴の恩返し』)

 これを見逃したら最後、またとない事まちがいなし。
 探しに探してやって来た、世紀の万物博覧会。
 古今東西、五里霧中。弱肉強食、四面楚歌。
 並べに並べた四文字熟語も、形容しきれぬこの舞台。
 そこのじいちゃんおばあちゃん、冥土の土産に見て頂戴。ね!

 マイクで口上を立てる皺枯れたおじさんの声が、近寄るとおばさんだった事にまず驚く。怖がる珠子の手を引いて、幸子は入口の行列に並び、奥へと入って行く。
 満員の場内にはブルーシートが敷いてある。そこにはたくさんの大人たちがいて、前の方には珠子と同い年くらいの小学生もいた。
「ねえねえ、ここで何するの?」
 珠子は幸子の服の裾を掴んで聞くと、幸子は、
「いいから黙って見てなさい」
 と、さらに前の方に進み、珠子は最前列に座らされた。
 さっき、店の前に立って叫んでいたおばさんが中に入ってきた途端、照明が薄暗くなった。
「お待たせしました。満員御礼ありがとうございます。只今からお目にかけますのは、世にも珍しい、見世物小屋の芸でございます。お節っちゃん、こっちおいで」
 という呼びかけに、奥から現れたのは、真っ白な襦袢と白の鉢巻、そして顔に白粉を塗った老婆だ。目の周りが真っ黒で、とても怖く感じる。老婆は会場の中心に来て、ぺたんと正座をした。お節っちゃんと呼ばれる老婆は、顔に表情が無かった。
「お節っちゃんね、山で育てられたの。山に捨てられたところを、オオカミに拾われたんだよ。お節っちゃんはね、昔っから蛇が大好物なんだ。しかも生きてるやつね」
 と言うと、ほどなくして、お節っちゃんは懐から新聞紙を取りだした。両端がキャンディーの包み紙みたいに捻れているそれをほどくと、中から五〇センチほどの黒っぽい蛇が顔を見せた。
 会場から大きなどよめきの声が漏れる。

 お節っちゃんは、蛇の首と尻尾を手で伸ばして掲げ、尻尾から舐める仕草をしてはニヤついた。歯に、お歯黒が塗られている。それが妙に不気味で会場から悲鳴が漏れる。
会場を見回した後、お節っちゃんは急に真顔で蛇にかぶりついた。一瞬、絶命する合図のように蛇の尻尾が揺れる。笑顔の歯に力が込められる。お節っちゃんの両手は蛇の両端を巻き上げ、ふんっ!と一気に噛みちぎった。
 蛇の切れた勢いで、彼女の体が少しだけ、しなった。態勢を立て直すと、お節っちゃんはそそくさと蛇の頭の方を新聞紙にしまった。
 新聞紙の中で、蛇の頭がカサカサ鳴っている。蛇は切られても動くんだと、珠子はその生命力の強さを初めて知った。
 お節っちゃんはなおも、ちぎれた胴体の断面を口に加えたまま、尻尾の方を摘んで頭上に持ち上げた。そして一方の手で尻尾の方から絞り出すようにしごいて、血をチューチューと吸い始めた。再び上がる悲鳴。今度は大人の方が声が大きい。

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