小説

『みせもの』ひろくん(『鶴の恩返し』)

 救急隊員が四人来て、大げさに珠子を担架で担いで行く。
 大学病院でМRIで検査をした後、珠子はカンファレンスと名付けられた真っ白な部屋に、担架に乗せられたまま通された。
 きっと、接骨院で行った腰マッサージがとどめを刺したのかもしれない。珠子は一瞬そう思った。
 ドアを開けて入って来た男性は中山と名乗った。黒ぶち眼鏡で身長が高く、一八〇センチ以上はある。ネームプレートには呼吸器科と書いてある。どうして呼吸器科なのだろう、普通は整形外科ではないのか。説明によれば、五〇代くらいの目の前の男性は、これから珠子の主治医となるらしい。中山は、画像診断の結果の書かれたファイルを抱えて座った。
「先生、今の私の状態を教えて下さい。」
 珠子は、中山を見つめて言った。
「ちなみに白鳥さんのご家族で、癌の方は?」
「両親とも癌でなくなりました。母は乳癌、父は肺癌でした。他に家族はもういません。」
 珠子は何が何だかわからなかったが、腰以外に肺にも何らかの異常がある事だけはわかる。
 中山は、部屋の隅をしばらく見つめた後、深呼吸をして口を開いた。
「末期の肺癌です。ステージⅣです。肺に大きな悪性の腫瘍が見つかり、既に骨転移を始めています。背骨の一部が黒く損傷していて、足がしびれていたのは、脊椎神経が背骨の歪みで圧迫されていたからだと思います。おまけに癌はリンパの流れにも侵入しています。もう切除の段階ではありません。」
 中山はそう告げた。早口すぎて、珠子にはあまり理解出来なかった。すると、中山はそれを察してか、諭すように続けた。
「しかし、テレビドラマのような描写、あれは嘘です。人はすぐ死にはしません。ただし、感染症と誤嚥による肺炎には気をつけて下さい。」
 珠子は、意を決して聞いた。
「あとどれくら…」
「半年です」
 中山が遮る。珠子はイントロクイズみたいだと思った。おそらくたくさんの患者に言われてきたフレーズなのだろう。食い気味に答えられたから拍子抜けした。しかしこれもテクニックなのだとしたらこの人はたぶん名医だと珠子は思う。
「ただ、は・ん・と・し・です。裏を返せば半年は生きる可能性が高いという事です。日常生活は出来ます。仕事もしている人もいます。マスクをするように。あなたの免疫力は今、妊婦と子供並みに低下していますから」
 中山は淡々と付け加えた。それはあえて感情を押し殺しているような印象を受けた。
「今日から一週間入院して貰います。コルセットは背骨が安定するまで外せない生活になるでしょう。それからは、四週間に一度、抗癌剤の投与の為に一泊入院をして貰います。よろしいですね?」
 中山はそう告げた。
 珠子は、とりあえず癌と戦いながら生きてみようと思った。

 院内廊下に響く、食事を運ぶカートの音。キュルキュルキュルというローラー音を患者は極度に嫌った。条件反射とはこの事だ。

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